4.君だけは
城門前
「ごきげんよう、ルイヴィエール」
マーリンはにこやかに挨拶をすると、柔らかなミルクティー色の髪を束ねた青年は諦めたような、悩んでいるような、はたまた苦しんでいるような、なんとも言えない表情を浮かべていた。
「…ごきげんよう、マーリン殿」
重たい、ようやく吐き出したような挨拶
マーリンは心底申し訳無さそうに彼に告げる。
「すまないねやはり私はここを去ることにしたよ」
ルイヴィエールは目を伏せ応える
「…妥当な判断かと」
「おや? 意外な反応だねどうかしたのかい?」
一番長くアレンに付き従ってきた君にしては、らしくないとマーリンは問う
アレン王子の従者であり、前王宮魔術師の息子ルイヴィエール=アリアンロッド
その伝手もあり幼い頃から従者としてアレンに使えている
その従順さは騎士の中でも群を抜いているだろう。
そんな彼が、マーリンの選択を妥当だと肯定した。
「……ソロン様がいらっしゃらない今、遅かれ早かれ…国は傾くでしょう」
「それは大げさ……と言いたいところだけどその通りだろうね」
「少しだけ安心したよ……やはり君だけはマトモだ」
現状が見えている
「いやいや本当のところ流石の私も呆れたよ…あれは麻痺しすぎだねぇ」
「誰も彼もソロンは悪女! マリアを殺そうとした!って言うだけ」
「そんなこと"大した事"じゃあないのにね」
そもそも暗殺なんて、王族、貴族なら大概関わる事案だろう
地位を狙っての血みどろの争いなんて珍しくもない
確かに戦争でもなく、処刑でもなく人を殺めるということは大罪だ。
犯してはいけない行為だ。
それはソロンも分かっている。
では何故、彼女はその行為をしてしまったのか?
越えてはいけない一線を越えたのか?
答えは簡単
「ソロンは王妃になりたかったんだよ」
と、いうかそもそも、
「ソロンは王妃に"なるべき"女性だったんだよ」
「ソロンは前王の頃から決められていた正式な婚約者」
家柄も血筋こそ少し特殊ではあるが十分王家にふさわしいものだ。
ソロン自身も王妃になるべく努力を積み重ねてきた。
「なのに今、彼女は断罪され、さも当たり前のように権力も何もないマリア嬢が王妃となっている」
「これは…どういうことだろうね?」
今回、本当に問題視するべきはアレンの行動とマリア嬢との関係だ。
婚約者がいながら他の令嬢を庇護し、傍に置き、本来の婚約者を蔑ろにする。
「不貞行為としか見られないよね?」
身分が身分だけに
「まぁ未遂とはいえ人を殺めようとしたのは良くないけれどね」
「でも、そこまで彼女を追い詰めたのはアレン王子だろう?」
間違いなくソロンを悪女なんかにしたのはアレン自身だ。
「ソロンは何度も何度も忠告も進言もしてたよね」
「勿論"君"も」
ルイヴィエールは強く拳を握る
「…私の声は届きませんでした…」
何度も行動を慎むよう
せめてソロン様に義理を立て、正式な手続きをした後、マリア嬢との関係を築けば良いと。
──うるさい、俺は王になる男だ
──俺の決めたことに口を出すな
──俺は正しいんだ
何一つ、アレン王子は聞き入れなかった。
周りもそんなアレンを止めるどころか鼓舞し、煽った。
アレンが王になれば自分の地位も上がると盲目的に信じきっていた。
「流石にねぇ…」
マーリンは心底呆れた、とため息をつく
「アレン王子は何もかも自分の力だと思い込んでるんだろうね」
「周りもマリア嬢もそれに同調し心酔してるときた」
「実質国の政を担ってきたのはソロンと君なのにねぇ」
正直なところ、国の政治を真面目にこなし、四方八方走り回っていたのはソロンとルイヴィエールの二人だ。
アレンは表に立っただけ。
「無駄にカリスマだけあるとこういうことになるんだねぇ…うゎなんか気持ち悪くなってきた」
「というか君も酷い顔だね…大丈夫?」
元々顔色の悪かったルイヴィエールは更に顔を青くしていた
「…問題ありません……それよりもソロン様は?」
「心配いらないよソロンのことは」
悪いようにはしないから
「君も王に告げ口はしないだろう?」
するなら容赦しないけど?
「…ここでの会話は王達に知られてはいませんから」
「だろうねこっそり人払いの魔法まで使ったんだろう?」
「さぁ…そこは黙秘させていただきます」
あくまでも、個人的な立ち話
「…ねぇルイヴィエール」
マーリンはふと告げる
「…一緒に来るかい?」
「っ…!?」
少し驚いた顔をするもルイヴィエールは首を横に振る。
「いいえ…王子を残して行くわけにはいきません…それに…母やソロン様の父君が必死に残してくれたこの国を守らねばなりませんから」
たとえ僅かな時間だけでも足掻いてみるとルイヴィエールは弱々しくも笑う
「そうか君はソロンの父と面識があったね」
ソロンの父ロードバルト=ディア=アーベントティンメルング
カメリア国の宰相を勤めた男
ルイヴィエールの後見人となり母を亡くした彼を支えてくれた。
「…今でもご恩は忘れません」
「…だからかい?」
「なんのことでしょうか?」
「いや…君だけはソロンに優しかったからね…」
「なんでだろう?と思ってさ」
ルイヴィエールだけはどんな状況であってもソロンに礼を尽くしていた。
どれだけ他の者がソロンを蔑んでもそれを叱咤し、時期王妃として敬った。
たとえソロン自身が彼を拒絶しても決して蔑ろにはしなかった。
「…確かに恩義もあります」
だが、それだけではない
「ソロン様は国を…カメリアを愛しておられました」
だからこそ時期王妃として国のため奔走したのだろう。
ルイヴィエール自身も国を愛しているからこそ
「…尊敬…しておりました」
ルイヴィエールはそうマーリンに告げると恭しく礼をする。
「…どうか…ソロン様を…」
声は震えていた。
「…承った…王宮魔術師の誇りにかけて彼女の行く末は保証しよう」
まぁ今はもう違うけどね、と茶化すのは止めマーリンはルイヴィエールに別れを告げた。
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