14.受け入れて
「うーん……」
「ソロン、食事中は止めなさい」
行儀悪いから、とパンを片手に、呻くソロンを諌めるマーリン
せっせと歩みを進めていた二人は、道の傍で軽い休憩と昼食をとっていた。
「貴方が言い出しだことでしょう? マーリン “先生”?」
ソロンは不服そうに反論する。
マーリンはばつが悪そうに、パンを少し齧り、飲み込む
「まぁ……それは、そうなんだけどさぁ?」
事の始まりは昼食前
マーリンの無茶振りから始まった。
「まずは、精霊を認識できるよう波長を合わせよう! 魔法に通ずるところもあるしね!」
「波長を合わす?」
「そう、なに、そんなに難しい事じゃないよ」
「ただ、今よりも周りの環境に敏感になればいい」
精霊は自然と共に生きるもの、または自然そのもの
土、木、水、風、光……
様々なものに宿しもの
それらを感知するには、神経を研ぎ澄まし、“受け入れる“こと。
「……つまり?」
「とりあえず、瞑想かな?」
「瞑想……」
そして今、ソロンはパンを片手に目を閉じ、呻いている。
「そもそも歩きながら、瞑想なんて無茶よ、危ないわ」
「それに悠長にしている余裕もないわ」
なんせ二人は逃亡中なのだから
「それはごもっともなんだけどね?」
マーリンには何か考えがあるようで、何処か余裕そうに笑っている。
「ソロンには素質があるから大丈夫だよ、波長を合わせる程度なら、そんなに時間はかからないさ」
「私は貴方みたいに天才ではないのだけど?」
「おや? 私を天才と認めてくれるのかい?」
「……そうね、この分野においては認めているわ」
「それは嬉しいね、舞い上がりそうだ」
マーリンはパァッと表情が明るくなるが、
「それと天才的に素行が悪いとこ、特に女性関係」
「一気に……地に落ちたね……」
ソロンの言葉にがっくし、と肩を落とす。
「うぅ……ソロンが冷たい……」
「今に始まった事じゃないでしょう?」
マーリンを手慣れた様子で、はい、はいとあしらうソロン
「それで? 時間はかからないってどういう根拠なの?」
素質とは? と問いかける。
「あぁ、えっとね」
さっきまでの、反応が嘘かのようにコロッと態度を切り替え、マーリンはソロンに説明を始める。
やっぱり、嘘じゃないと軽くため息を吐きながらも、ソロンはマーリンの言葉に耳を傾ける。
「ソロンは精霊種に懐かれやすい体質みたいだからね、環境自体は悪くないんだよ」
「それっていい事なの?」
「勿論、いくら精霊が見えても嫌われていれば祝福なんて受けられないよ」
「まぁ従わせる方法がないわけではないけど、手間はかかる」
「感知、視認し、呼び寄せて、契約して、従わせるところを、ソロンは感知、視認し、願うだけでいい」
つまり、いくつかの工程は省いていいので、時間はかからない
ソロンは少し考え込んだ後、口を開く
「ねぇ、呼び寄せなくてもいいってことは、今もいるの?」
「精霊かい? いるよ、ウヨウヨと」
「ウヨウヨ?」
「そう、ウヨウヨ」
「……そういうものなの?」
虫みたいな言い方にソロンは顔を顰める。
「見える側には似たような感覚だよ、美しいもの、恐ろしいもの、意思があるもの、ないものと姿形も在り方も様々だしね」
「……」
「精霊、見たく無くなった?」
流石に少し怖がらせたかな? と無言になるソロンを心配そうに覗き込む
だがそれは杞憂でしかなかった。
「ずるい」
「え?」
「そんな綺麗な世界を貴方は知っているのね」
むぅ、とまるで拗ねた子供のようにむくれるソロン
あまりにも彼女らしくないその様子にマーリンは吹き出してしまう。
「ふっ、くっ…あははっ!」
「何よ?本当のことじゃない……」
「っ、ごめん、ごめん……ふっ…」
「笑いすぎよ!」
「ごめんって、君にしては意外だったものでね」
まさかあんな反応をするとは
(可愛いじゃないか、なんて言ったら殴られそうだけど)
(本当、どこが氷のような女なんだか)
「……彼らは見る目がないね」
「なんのこと?」
「いいや、何でもないよ」
ふぅ、とマリンは一呼吸つき、優しい目でソロンを見つめる。
「大丈夫だよソロン、君は必ずこの世界を“取り戻せる”」
「え?」
「とにかく今は、」
「そのパンを食べてしまおう!」
昼食を済ませた二人
結局、ソロンはパンを少し残した。
「少食かい? 成長期なのに」
「単にパンが大きかっただけよ、それと成長期は終わってるわ」
おやつにでもするから心配は無用よ、と水を飲み息をつく。
「ソロン、見てごらん」
「空、綺麗だよ」
「空?」
見上げると、澄み切った青空が広がっている。
(空なんて眺めたのいつぶりかしら……)
(曇ってあんなに白かったかしら?)
(こんな状況下に私何をしてるんだろう……?)
(私は何をしてきたのかしら…?)
不思議と不安の種は生まれるのに、まるで空の青さに溶けるように頭の中が空白になっていく。
力を抜き、目を閉じると、鳥の声が聞こえる。
サァァと風が流れ木々が揺れる。
草や木の香りが鼻を擽る。
座っている地面が暖かい
ふと、その暖かさが、自身の膝に移動したような気がし、ゆっくり目を開ける。
「……え?」
猫位の大きさの、茶色い丸みを帯びた、トカゲとも魚とも言えない生物がソロンの膝に乗り、不思議そうにソロンを見上げていた。
「っ……!」
「落ち着いて」
驚くソロンの背をそっと支えるマーリン
「ゆっくり息をして」
「怖がらず、在ることを否定せず、こういうものだと受け入れるんだ」
「自然と同じ、深く考え過ぎずに自分の中の常識を少し広げて」
ソロンはマーリンの言葉を、目を閉じて反復する。
「これは自然現象……否定せずに受け入れる……」
ゆっくり呼吸し、気持ちを落ち着ける
段々と、温かさや、冷たさ、質感が増えていく感覚が増していく。
再び目を開けると、
ソロンの世界は、一変していた。
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