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第9章~その2~

 しばらく四人で他愛もない話をして、夕方5時集合を約束し喫茶店を出た。

 店の前で和は俊樹のそばにじっと立ったまま、これから予定があるという恵美と美咲を見送った。

 二人が人の波に消えて行くと、俊樹が和に振り返り、「さーて、どこ行こうか?」とジャケットのポケットに両手を突っ込んだまま切り出した。返事に窮していると、背負っていたリュックサックを下ろし、情報雑誌を取り出した。いまどき、とも思うが、それも用意周到な彼らしい。付箋を貼っているページを開くと、遊園地がいくつか見えた。「どう?」「あ、いいね」「ん、じゃあ、どこにする?」

 これから二人きりだと思うと、いまさらながら緊張がせり上がってくる。初めて会う人よりもよほど緊張する。それに彼の顔を間近で見ると過去の記憶がよみがえってきて、目を合わせるのが怖くなる。それを隠すように口元を持ち上げたけれど、眉が情けなく下がっている気がして、さぞかし滑稽な顔だっただろう。そのためなのか、返事を待ってくれていた俊樹がさっと目を逸らせた。それも自分がさせてしまったような気がした。

 待ち合わせの時間を考え、近場の東京湾に浮かぶ遊園地を選んで、情報雑誌の写真を指差した。賑やかそうな遊園地。いまはアトラクションがたくさんあったほうが間が持ちそうな気がした。たくさん話をしたい、聞いてもらいたいと思うものの、何の話をしたいのか思いつかない。大学二回生の春、京都の本屋さんで入学直後の彼と久しぶりに再会したときのように硬くなって、頭の中が全力で空回りしている。

 一歩を踏み出すのもぎこちなく、まわりを歩く人の邪魔にもなりながら、二人並んでゆっくり電車のホームを目指して駅の構内を歩いた。目的地を決めてからは俊樹も黙ったまま、ただ和に足並みをそろえることだけに気をつけているようだった。

「本当に来てくれてありがとう」

 雑踏の中ふと聞こえてきた電車の発車の音楽に触発されて、ずっと咽の奥に籠っていた一番言っておきたい感謝の言葉を口にした。

「いや、べつに、そんなたいしたことやないきよ。恵美の付き添いで来て、ついでみたいで逆に申し訳ないくらいで……」

 彼が急に土佐弁に戻った。すぐに気がついた。なぜだかそれがうれしい。

 ふと見上げると、彼は照れたように頬を紅潮させていた。自分はまたなにかやらかしたのではないかと不安になる。

「どうしたの?」

「いや、なんか、全然変わらんね、和ちゃん」

「そうかな?」

「いや、あの、正直言うと、京都のときからずっと思いよったけど、何対何の割合で、目を合わせていいのか分からんがよ」

 やけに歯切れが悪い彼。この人はそんなことを考えながら人と会っているのか。まさか自分にだけということはないだろうけど。

「なにそれ。目を合わせるのと離すのとの割合?」

「うん。ほら、じーっと見続けるのもどうかと思うやん。こっちも恥ずかしいし。でも目を見て話さんのも悪いと思うし、それが難しいがよ」

「恥ずかしいって、誰と話すときもそうなの? 2対1で目を合わせるとか? 別の人は3対1とか?」

「あ、男はどうでもえいかな。いまのところ」

「じゃあ恵美ちゃんは?」

「んー、恵美かぁ。まあ確かに和ちゃんと同じようにきれいやけど、あいつは気にならんようになったねぇ」

「あたしは気になるんだ」

「ごめん。なんというか、その、きれいやし可愛いし、話口調も優しいからやと思うけんど、いまでも緊張するがよ」

 困ったように頭をかく彼は、ずっと変わらないんだ。自分より一回り大きい体で同じ年の彼なのに、ずっと子供に見える。彼は彼なりに苦労しているのだ。どうやって人と接したらいいのか、人それぞれ悩みが違う。

 自分と同じなのかな、みんな何かしら考えているのかなと思うと、少しだけ心の奥のつかえがとれた気がした。

「でも俊樹、自分の彼女のこと堂々ときれいなんて言うかな? そのきれいな人には慣れてきたんだね」

 ちょっと意地悪をしたくなった。緊張も少しはほどけてきたのかもしれない。そんなに可愛いとかいうなら、これでどうだとばかりに、わざとらしく覗き込んでやった。彼は驚いてのけぞる。

「いや、まあ、きれいって、その、彼女っても、なんやろ、ん~、いまでもときどき僕なんかが隣にいていいんやろうかって思うけど。しょっちゅう顔を合わせよったら、『あ、そこにおった』くらいになるんやろうかね。別に気にして見よらんでもいいというか、適当でいいというか。それにあいつ最近口が悪くなってきて、ボロクソ言うがよ。口じゃあ絶対勝てんき、言われ放題。静かにしちょったらいまも緊張しっぱなしやったと思うけんど。それで慣れたがやないろうか」

「確かに恵美ちゃん、あたしたちの前では結構しゃべるもんね」

「そう。そのくせ学校でみんながおると全然しゃべらんけどね。もうちょっと和ちゃんみたいに、可愛らしくしゃべれやって言うちゃりたい」

 また可愛いって言葉が出てきて、頭に引っかかる。可愛いという言葉には子供っぽいとか幼いってニュアンスもあるから、そんな面がいつまでたっても成長せずに滲み出ているのだ、なんて考える。いまだ発達途上なのは、重々承知しているけれど。

「ついでに、もう少し優しくしろって?」

「そう! 言うちょってや。僕、よう言わんき」

「でも、たぶんそれが恵美ちゃんの素だと思うし、俊樹の前でしかみせないんでしょ? いまでも優しいし、可愛いと思うけどなあ。前に『学校では笑わなくてずっと真面目な顔してる』って言ってたけど、俊樹がいるとこではいろんな顔するもんね。十分じゃない? それに恵美ちゃんのことだから、きっと意識なんてしてないし、あのギャップはずるいよ。もともと綺麗なんだし、もっと可愛くなってそれに気づいたら、みんな絶対好きになるよ。俊樹も困るでしょ?」

 自分は天然って言われるけど、恵美も同じくらい天然だ。天然というのもよく分からないけど、頭で考えて自分を作って生活していても、みんなどこかしら地が出るものだ。それが個性だし、多かれ少なかれ天然なんだと思う。意識の下ではみんなそれぞれに大事にしているところがあって、それをもとに状況に応じて思考して、さらにこれまでに培ってきたものの堆積物のような無意識も合わさって、自分を演じている。あの恵美ちゃんのこと、考えがないわけがない。ただ、そのたくさん考えて活動していく中で、ふと気を抜いた瞬間にあの無邪気な『素の恵美ちゃん』が強く現れる。それをいつも見ている俊樹は、蜘蛛の糸にからめ捕られたようなもので、口では文句を言っているけれど、あくまで照れ隠しで、表向きだけだ。

「そうやね、それは困るかもしれん。でもよく思うがよ。学校でその顔してたらもっとみんなと仲良くなれるろうにって。教室におる時、なんであれだけキッツイ顔をせんといかんがやろうって前から思いよった。授業中は授業中で普通に受け答えするがやけど、それもまた別の顔でキツイ。だいたい声から違うきね。怖いって思われるわ、あれは。でも、まあ最近はそれも恵美かなと思いゆう。これから社会へ出て行った時に、愛想笑いの仕方でも身につけたら最強になるがやないろうか」

 おどけて笑う俊樹に、そうだろうなという意味を込めて笑い返す。

 ただ、自分は…………。

 いつもニコニコ笑顔でいるようにしていて、たぶん言い方がきついということはないだろう。みんなからは声をかけられるし、それにも普通に受け答えする。決して黙って無視したり、きつい言葉を選択することはない。それが作った自分か、素の自分かよくわからなくなってきた。それだけじゃなく自分は別の姿を間違いなく持っている。それはおそらく全員に忌避されるようなもの。それを含めて素の自分を解き放つということは……どうなのだろうか。


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