第5章~その3~
試合後、一度解散してから祝勝会が行われることになっていた。(もちろん負けていたら『お疲れ様会』もしくは『残念会』と名前を変えて、同じ場所で同じように行われるのだけれど)。和はともかく俊樹や恵美は部外者だから参加できるとは思っていなかったが、試合を決定づける一打を放った本日のヒーローが呼ばれないわけはなかった。恵美はどことなくムスッとして機嫌が悪そうだったけれど、俊樹も行くし、和の手前もあり黙って文句も言わず付いて来ていた。
その祝勝会会場の居酒屋。
どうもこの親睦試合は連敗していたようで、乾杯直後から男どものテンションが高い。俊樹は相変わらずお茶を飲みながら、山中をはじめ知らない人に囲まれて、いつものように恥ずかしそうに笑顔を作っている。その他にも応援に来ていた家族がその熱から避けるように、テーブルを囲んでいた。
和は美咲と恵美と共に、やはり男どもに押し出されるように座の端っこに固まって座っていた。
「まったく、俊樹の試合になっちゃったね」
いまだ機嫌が良くない恵美の隣に座っていた和が、半分に減ったビールジョッキを持って呆れたように呟いた。
「和のおかげで助かったよ。涼佑のあんなに嬉しそうな顔、見たことないもん」
同じように半分飲み干したジョッキを片手に、真向いの美咲の破顔した顔が、和の満面の笑みを作る。
久しぶりに見た俊樹のプレーする姿、それも大活躍。それで今日は十分に満たされていたけれど、忘れていたお手伝いの大成功を思い出しまた喜びがあふれる。
「ホントに美咲と山中くんの役に立てて良かったよ」
「役に立つも何も。それにしても恵美さん、彼氏すごいね。グラウンドじゃ、めっちゃカッコいいよね」
グラウンドじゃ、ってのが美咲らしいけど、彼女の精一杯の誉め言葉のようだ。よく言えば素直でストレートな “彼氏”“すごい”“カッコいい”という言葉が恵美の頬を赤く染める。その隣で、和はぷっと言って笑いをこらえるように口を抑えた。
「それにしても、恵美さんそんだけキレイだし、和も可愛いし、んー」
「不思議よね。はっきり言ってイケてる感じじゃ全然ないんだけどね。でも好きなのよね、恵美ちゃん」
ますます赤くなる恵美は、じろりと和を睨むとすぐ俯いてしまった。
「和はやりすぎなんだけどね。あんたも好きなのは分かるけど、恵美さんの前で抱きつくのは、ちょっとひくわ」
「余計なこと言わないで! いいの、私は。たまに借りる約束してるから、ね、恵美ちゃん!」
「なによそれ? たまに借りる約束って? どういうこと? 恵美さん?」
二人に問い詰められて、困惑を浮かべながら固まる恵美に、美咲の容赦ない言葉が飛ぶ。
「恵美さんもしっかりつなぎとめておかないと、こんな人に取られちゃうよ」
「こんな人って、誰よ!」
「可愛くて、天然で、笑うと無条件に何でも許されそうな人よ!」
恵美が送った不安たっぷりの視線に和は気づいたけれど、和はほぼ無視して美咲に言い返す。
「ばか! 取らないよ……たぶん」
和が意地悪く恵美を見ると、眉を寄せて、驚きやら不安やらがミックスされた顔が和を向いていた。
「取らないってば! 恵美ちゃん!」
和が恵美の頬を両手のひらでギューッと押しつける。恵美にとっていつまでも和は脅威なのだ。美咲もそれに気づいたのか、恵美をけしかける。
「今晩は優しくねぎらってあげないとね、恵美さん。誰にも邪魔されない旅先での二人の夜だしね。いや~いいなぁ、熱い夜になるんだろうね! うらやましい!」
そんなのこと全く思いもしなかったとばかりに驚いた恵美は、丸くなった目を隠すように俯いて小さくなった。もう両方の耳まで真っ赤に染められている。
「なに、もう、恵美さんめっちゃ可愛い! なんにも知らない中学生みたい」
「誰かさんのせいで最近そうなっちゃったんだよねぇ。なにがあったんだろうねぇ。私が知らないことがいっぱいあったんだろうねぇ。前はぜんっっ!ぜん、違ったもんね」
お酒も入った美咲と和の弄りに、恵美はピクリとも反応できないようだ。覗き込む和が背中を揺らしても、等身大の人形が座っているように、されるがまま揺れていた。
そこに騒ぎから解放された俊樹が、よろよろと這うように近寄ってきて、恵美の隣に座った。
「みなさん、お疲れっす。ん? 恵美? どうしたん?」
覗き込む俊樹に、恵美は何でもないと言う代わりに、首をブンブンと左右に振った。
美咲と和は顔を見合わせて大笑いしていた。
美咲も恵美とは気が合ったようで、祝勝会という名の飲み会がお開きになるころには、また次に会う約束をして、連絡先の交換をしていた。
そんな二人を横目に和は残り少なくなったビールを一気に飲み干す。刺激的なビール。それは時間がたつと咽への刺激もなくて、どことなくまろやかに胃の中に落ちていくようになる。
監督が今日の締めのあいさつを始めた。途中でまた引きずられるように連れていかれた俊樹は、その隣でお酒を飲んでいるわけでもないのに赤くなってぺこぺこ頭を下げている。パンとみんなで手を合わせ一本締めをして会の終わりを告げると、俊樹は監督やまわりの人たちと次々に握手をしていた。今日は最後まで俊樹の日になった。
「和ちゃん、行くよ」
恵美に促されると、じっと固まって一方向を見つめていた自分に気づく。
「あ、うん」
慌てて出口に向かおうと振り向くと、恵美の人差指が頬に刺さった。
「よかったね」
ここに来て初めて恵美の笑顔を見た気がした。
翌日、朝早くからかの遊園地に出向き、三人で夕方まで遊んだ。和もここにくるのは初めてだったけれど、それ以上に昨晩居酒屋でほとんどしゃべらなかった恵美のはじけように驚き、うって変ってかいがいしく世話をする俊樹に呆れた。まったく変わらない二人の距離からすると、昨日何もなかったことは間違いなさそうだ。
夕方の東京駅では、まだ遊園地の興奮も残っているのか、5月に京都で別れた時のように暗く重いことはなく、お互いに「またね」と軽く言うことができた。




