第48.5話 師匠と先輩の隠し事⑰
「じゃあ、先輩、お先に失礼します」
「じゃあね~。あの子によろしく~」
いつもの挨拶を終え、僕は、部室の扉を閉める。古く、汚れた扉。扉に張り付いているのは、今にも剥がれそうな『将棋部』と書かれた紙。これまで何度も見た光景。それなのに、なぜだか、今はその光景が新鮮に感じる。
部室棟の階段をゆっくりと降り、外へ。部室棟を出て右。学校の東門。そこにいるのは、一人の女性。
「師匠!」
僕の言葉に、女性はこちらに顔を向ける。真っ黒な長い黒髪。整った顔立ち。大人びた、穏やかな表情。いつもと変わらない、師匠の姿。
「……ぶ、部活、お、お疲れ様」
訂正。いつもと少し違う、師匠の姿。
「師匠、あの……土曜日のことなんですけど」
「ス、ストップ!」
「……へ?」
「ど、土曜日のことは……その……ちょっと、恥ずかしい……かも」
どうやら、先輩同様、師匠にとっても、土曜日のことは地雷になってしまったらしい。まあ、当然と言えば当然だ。土曜日は、本当にいろいろなことがあったのだから。おそらく、ここでの最善手は、何も言わずに話題をそらすことなのだろう。
「分かりました。じゃあ、一つだけ、いいですか?」
でも、これだけは、僕の心にあるこの言葉だけは、ちゃんと伝えたい。
「……何?」
ほんの少し朱の差した師匠の顔。思わず見とれてしまうほど綺麗な師匠の顔。
僕は、師匠をまっすぐに捉え、言葉を発する。
「僕、これからも、師匠の弟子として頑張りますね」
土曜日、僕たちは、お互いに、今まで通り師弟でいることを約束した。だが、その関係が、これからもずっと続いていくなんてことは誰にも分からない。もしかしたら、また何かとんでもない事件が起こって、僕たちの関係が崩れてしまうことだってあるのだ。だからこそ、僕は頑張る。少しでも長く、師匠の弟子でいられるように。少しでも長く、師匠と一緒にいられるように。
僕の言葉に、師匠は目を丸くした。数秒後、その顔に浮かんだのは、いつものような穏やかな表情。いや、いつも以上に穏やかで、優しい表情だった。
「じゃあ、私からも」
「……はい」
「私、これからも、君の師匠として頑張るね」
それは、師匠が僕と同じ気持ちであることを表す言葉。
僕たちは、お互いに笑い合う。周りの学生たちが何事かとこちらを見て通り過ぎていく。だが、そんなこと気にならない。今はただ、師匠と一緒に……。
「……さて、そろそろ行こうか。暗くなってしまうからね」
「はい」
僕たちは、横に並んで歩きだす。学校から駅までの道のりを。いつものように、ゆっくりと。まるで、お互いの存在を確かめ合うかのように。




