第48.5話 師匠と先輩の隠し事⑯
月曜日。放課後。将棋部の部室。
「先輩、来ないなあ……」
誰もいない部室で、僕は一人呟いた。
いつもなら、僕が先輩よりも先に部室に来るなんてことはない。古く、汚れた部室の扉。そこを開ければ、目線の先には、ニコニコと笑う先輩がいるはずなのだ。だが、今日は、先輩はいない。珍しいなと思いつつ、椅子に座って先輩を待ち続ける僕。十分。二十分。まだ先輩は来ない。
そろそろ探しに行こうかと思ったその時、ギギギと歪な音をたてながら、扉がゆっくりと開いた。
「こ、こんにちは~……」
そこにいたのは、緊張の面持ちで扉を開ける先輩。
「あ、せんぱ……」
バタン!
扉が閉められた。
「な、何してるんですか!?」
慌てて扉の前へ行き、勢いよく扉を開く。そこには、先ほどと同じく緊張の面持ちを浮かべる先輩。
「ア、アハハ~」
「……どうしたんですか?」
「い、いや、ほらね~。あの……」
先輩は、モゴモゴと口を動かしている。気まずくて仕方がないといった様子だ。
「もしかして……」
「な、何かな~?」
「土曜日のこと……」
「わ、わ~。わ~。わ~」
突然叫び出す先輩。トマトのように真っ赤な顔をした先輩の声が、部室棟のフロアに大きく響き渡る。
「ちょ、落ち着いてください!」
「お、落ち着いてるよ~。こ、後輩ちゃんが、変なこと言うから~」
「わ、分かりました。もう言いませんから」
どうやら、土曜日の出来事は、先輩にとって地雷になってしまったらしい。
パチリ、パチリと部室の中に優しい駒音が響く。時間が経過して落ち着きを取り戻した先輩と、僕は将棋を指していた。形勢は、毎度のことながら僕の劣勢。次にどんな手を指したとしても、形勢差が覆ることはないだろう。頭の中を整理するため、一旦顔を上げて盤上から目を離す。その時、僕の目に映ったのは、甘々なタイトルの小説に目を落とす先輩。
「……先輩」
「なに~?」
「先輩って、将棋教室にいた時から、そうやって本を読みながら将棋を指してたんですか?」
「そうだね~。まあ、きっかけとかはよく覚えてないけどさ~。……でも、急にどうしたの~?」
不思議そうに首を傾げる先輩。軽くウェーブのかかった先輩の髪が、首の動きに合わせてふわりと揺れる。
「えっと……。まあ、いろいろあったわけですけど……」
「……うん」
「先輩のことも、もっと知りたいなー……なんて」
僕の言葉に、ポカンと口を開けて固まる先輩。その顔が、みるみる真っ赤に染まっていく。
「こ、後輩ちゃん!」
「は、はい」
「そ、そういうことは……そういうことはさ~」
「…………」
「し、詩音ちゃんに……言ってあげなきゃだよ~」
どうしてそこで師匠の名前が出てくるのか、僕には全く分からなかった。だが、一つだけ分かったことがある。先輩は、もう、師匠のことを『師匠ちゃん』とは呼ばないのだろう。




