第48.5話 師匠と先輩の隠し事⑭
「先輩、今日はありがとうございました。本当に、いろいろ……」
「いや、お礼を言うのはこっちだよ~。師匠ちゃんのこと、ありがとね~」
玄関ドアを出たところで、僕と先輩は互いに頭を下げた。
時刻はもう午後十時半。師匠は、先輩の部屋でぐっすりと眠っている。結局、夜も遅く、明日が日曜日ということもあり、師匠は、先輩の家に泊まっていくこととなった。師匠の家には、先輩が連絡を入れてくれた。
「じゃあ、先輩、僕は帰りますね」
「……別に、後輩ちゃんも、私の家に泊っていっていいんだよ~」
「い、いやいや。さすがにそれはまずいですって」
先輩に向かって、ブンブンと手を振る僕。先輩のご両親がいるとはいえ、師匠と先輩がいるところで一晩を共にするというのは、いろいろといけない。別に、何かやましいことをしようというのではないが……。
「気にしなくていいのにな~……」
ニコニコと笑みを浮かべながら、のほほんとした声を響かせる先輩。だが、その笑みは、どこか影があるように思えた。
不意に、僕たちの間を、冷たい風が吹き抜ける。軽くウェーブのかかった先輩の髪が、ふわりと揺れて顔にかかる。目を閉じながら、右手でゆっくりと乱れた髪を整えるその姿は、月明かりに照らされていたことも相まって、とても幻想的だった。
「じゃあ、今度こそ。おやすみなさい、先輩」
僕は、そう言って先輩に背を向けた。このまま向かい合っていては、いつまでも話してしまいそうだった。さすがにそれはまずい。受験生である先輩を、長時間屋外でいさせるなんて、後輩としてあってはならないことだ。
僕は、前に一歩足を踏み出した。
「…………後輩ちゃん、バイバイ」
背中で受け止めた先輩の声。今までに聞いたことがないほど寂しそうな先輩の声。
僕の足は、二歩目を踏み出すのを止めてしまった。
何かを忘れているような気がした。今日、僕にできることはしたつもりだった。でも、まだ、何か……。何か……。何か……。
僕の頭がグルグルと回転する。負けられない局面で、必死に次の手を考えようとするあの感覚。
…………あ。
『今から何があっても、何を知っても、師匠ちゃんのことだけは、絶対に嫌わないでほしいんだ~』
頭の中に浮かんだ言葉。それは、師匠を探しにコミュニティーセンターへ行く前、先輩から言われた言葉だった。
…………ああ、そうか。だから、先輩は、『師匠ちゃんのことだけは』と言ったのか。
僕は、クルリと向きを変えた。僕の目に映るのは、不思議そうな顔をした先輩。
「えっと……どうしたの~? 何か、忘れ物でもした~?」
「……はい。一つ、言い忘れたことがありました」




