第48.5話 師匠と先輩の隠し事⑬
師匠との将棋は、どんな時でも楽しい。たとえ、僕が何もできずに負けたとしても、たとえ、師匠に全く歯が立たなくても。たとえ、師匠に暗い過去があると知った後でも。だからこそ、僕は、師匠を尊敬する。尊敬せざるを得ないのだ。
「師匠」
そう言って、僕は師匠に向かって手を伸ばす。そして、一言。
「これからも、僕の師匠でいてくれませんか?」
それは、師匠の不安を打ち消すためだけに放った言葉ではない。まぎれもない、僕の本心だった。
「……私、君にずっと隠し事してたよ」
「誰だって、隠し事の一つや二つあります」
「……今日、君にすごく迷惑かけちゃったよ」
「まあ、少し驚きはしましたけど、別に、迷惑だなんて思ってません」
「……君に、甘え過ぎちゃうかもしれないよ」
「むしろどんどん甘えてください。僕は、師匠の弟子なんですから」
師匠は、「……そっか」と小さく呟き、ゆっくりと下を向いた。数秒後、上を向いた師匠の顔には、優しい微笑みが浮かんでいた。
「これからも、私の弟子でいてくれる?」
師匠と僕の手が重なる。師匠の手はとても温かくて、華奢で、そして、離したくないほど綺麗だった。
「……それで、その後ずっと将棋してたんだね~」
「すいませんでした!」
僕は、先輩に向かって深々と頭を下げていた。
時刻は午後十時。先輩の部屋で、師匠と二人っきりにさせてもらったのが午後八時前だったから、かれこれ二時間以上は経過している。
「いや~、別に、怒ってないよ~。さすがに長すぎるなんて、思ってないし~。師匠ちゃんとの話が一段落ついてから、一回報告に来てもよかったんじゃないかなんて、そんなこと~」
「…………」
「アハハハハ~」
「ほ、本当にすいませんでしたー!」
土下座をしたのなんて、人生で初めてかもしれない。しかし、そうしなければならないと、僕の本能が叫んでいた。
先輩は、ニコニコとした笑みを浮かべ、のほほんとした声を響かせている。だが、その目は全く笑っていなかった。
「……まあ、それはさておき」
先輩は、チラリと師匠の方に顔を向けた。師匠は、先ほどから、コックリコックリと上半身を揺らしている。対局中に眠ってしまったのだ。やはり、今日はいろいろありすぎて相当疲れていたのだろう。
「幸せそうだね~」
「……分かるんですか?」
「うん。分かるよ~」
僕は、師匠が眠っているところを今まで見たことがない。だからこそ、今の師匠が、幸せそうなのかどうなのかは判別がつかなかった。でも、先輩は……。
「私、詩音ちゃんが、コミュニティーセンターの裏口で、泣きつかれて寝ちゃう姿を何回か見たことがあってね~。その時は、大抵険しい表情をしてたんだけど、今は……」
そう語りながら、先輩は優しく微笑むのだった。




