第48.5話 師匠と先輩の隠し事⑪
話を終えた先輩は、「ふう」っと小さく息を吐いた。その顔には、今まで見たこともないような曖昧な表情が浮かんでいた。悲しみや、切なさや、怒り。いろんな感情がごちゃ混ぜになったような、そんな表情。
「…………先輩、しばらく、師匠と二人っきりにしてもらっていいですか?」
僕は、ゆっくりと先輩に向かってそう告げた。どうしても、師匠と二人っきりで話がしたかった。
「……ここ、私の部屋なんだけどな~」
「すいません。すごく失礼なこと言ってるのは自覚してます。でも……」
「ふふ。少し意地悪行っちゃったね~。大丈夫だよ~。あ、でも、部屋の中を探索するのはやめてね~」
「……ありがとうございます」
僕は、ペコリと頭を下げた。
先輩は、師匠をチラリと見た後、「よろしくね~」と僕に告げながら、部屋を出ていった。
先輩がいなくなり、部屋の中がしんと静まり返る。師匠は、ずっとうつむいたまま。何も言ってはくれなかった。
「……師匠」
僕の言葉に、師匠の肩がビクリと大きく跳ねる。顔を上げた師匠と、僕の視線が交差する。吸い込まれそうなほどに綺麗な師匠の瞳は、怯えのためか、少し揺れていた。
「師匠、あの……」
「……ごめん」
師匠の口から、突然そんな言葉が飛び出した。
「……え?」
「ずっと、隠してて、ごめん」
「…………」
師匠が、僕に自分の過去を隠し続けていた理由。それは、僕との関係を壊さないようにするためだ。僕が初めて将棋教室を訪れたあの夏の日。そこから今までずっと続く僕たちの関係。それは、とてもとても心地よくて。とてもとても安心できて。失いたくない、そんな関係。
きっと、今の師匠に、どんな言葉をかけても無駄だろう。ただ取り繕っただけの言葉にしか聞こえないだろう。師匠が抱えていた苦しみは、そう簡単に取り除くことができないことは明白だった。
それなら僕に何ができるか。答えはもう、分かりきっていた。僕と師匠の関係を形作ったたった一つのもの。
「師匠」
僕は、師匠に声をかける。こたつテーブルの端を指さしながら。
「将棋、しませんか?」
僕の指さす先。そこにあるのは、折り畳み式将棋盤と駒袋。
僕の提案に、師匠は困惑の表情を浮かべる。まあ、当たり前だろう。深刻な話をしていたはずなのに、いきなり将棋をしようだなんて。
「どう……して……?」
「大した理由があるわけじゃありません。でも、将棋をしてれば、何かが分かる気がするんです」
「何かが……分かる……」
「はい。それが何なのか、今ははっきりしてないですけど……」
「…………」
「お願いします」
僕は、師匠に向かって深々と頭を下げた。
師匠はすぐに返事をしてはくれなかった。どうするべきか、ずっと考えているようだった。
そうして、一体どれくらいの時間が経った頃だろうか。
「いいよ」
師匠の声が、部屋の中に小さく響いた。




