第48.5話 師匠と先輩の隠し事⑧
「お前と将棋したって楽しくないんだよ!」
その日、対局を終えた男の子の一人が、突然叫び出した。その顔には、憎しみ、怒り、悲しみ、あらゆる負の感情が浮かんでいるようだった。
それが、私に向けられたものだったなら、納得がいく。ただ厳しいだけの指導をしていたのは私なのだから。だが、彼の言葉は、詩音ちゃんに向けて放たれたものだった。
そこから先は、まさに地獄絵図。三人は、口々に詩音ちゃんに罵声を浴びせ、私やおじさんが静止しても、全く止まらなかった。彼らの頭の中には、詩音ちゃんが自分たちに勝つせいで、自分たちがひどいことを言われるという方程式が成り立ってしまっていたのだ。詩音ちゃんは、彼らの罵声を、ただ黙って聞いていた。彼らが帰った後、詩音ちゃんは、コミュニティーセンターの裏口で、膝を抱えながら泣いていた。
翌週、彼らの母親たちが、おじさんに、彼らが将棋教室を辞める旨を伝えに来た。母親たちは、詩音ちゃんに直接何かを言うことはなったが、詩音ちゃんを批難するともとれる言葉を語っていた。すぐそばに詩音ちゃんがいるにも関わらず。
その日以降、詩音ちゃんは将棋を指さなくなった。私やおじさんが誘っても、首を縦には振ってくれなかった。詩音ちゃんは、将棋教室が開かれる午後一時から午後五時までの間、部屋の後方で本を読むことしかしなくなっていた。
「将棋はもう指したくないです。私との将棋が楽しくないって思われるのが、怖いんです。でも、この場所には居させてください。私、好きですから。先輩や、先生が将棋を教えてくれたこの場所が」
そう言いながら、少しだけ引きつった笑顔を浮かべる詩音ちゃんに、私は何も言うことができなかった。
全部、私のせいだった。全部、私のせいだった。全部、私のせいだった。私は、詩音ちゃんから、将棋を奪ってしまったのだ。将棋に対して、とても真摯に向き合っていた詩音ちゃんから、将棋を……奪ってしまったのだ。
季節が夏になる前、私は逃げた。受験生ということを言い訳にして、将棋教室に行かなくなってしまった。
「学力的には余裕なのに、最後まで勉強に手を抜かないあなたは素晴らしい」
学校の先生にも、両親にも言われた言葉。違う。そうじゃない。私は、あの場所に行って、本を読んでいるだけの詩音ちゃんを見るのが辛かっただけだ。
時が経ち、三月。無事、高校に合格した私。そして、私はある決心をした。『次の土曜日、将棋教室に行こう。そして、詩音ちゃんに会って話をしよう』と。しかし、それは叶わなかった。高校合格の二週間前、おじさんが病気になってしまったせいで、将棋教室が開かれなくなっていたから。それを知らされた時、私は絶望のどん底にいた。




