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とある師弟の帰り道  作者: takemot
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第46話 ……いくじなし

 師匠との帰り道。学校から駅までの道のり。


「うう……寒いです」


 両の掌を勢いよく擦り、その後、息を吹きかける。摩擦と自分の息で、掌が少しだけ温かくなる。だが、あくまで気休め程度。すぐに、空気の冷たさに襲われる。


「君、明日から手袋持ってきなよ」


 師匠は、呆れ顔を浮かべながらそう告げる。その手に付けられているのは、猫柄をあしらったモコモコのミトン手袋。中は、とても温かいに違いない。


「そうします……うう」


 寒さに耐えながら、歩き続ける。いつもなら、師匠とたわいもない話をするところだが、今はそれどころではない。僕の頭の中は、どうやってこの寒さをしのぐかを考えるのに精一杯だ。だが、考えれば考えるほど何も思いつかない。


 一瞬、制服のポケットの中に手を入れればとも考えた。だが、小学六年生の頃のトラウマが、それを許さなかった。


 制服のポケットに手を入れていたせいで、転んだ時に手を地面につくことができず、顔から地面に叩きつけられたというおぞましい体験。もうあんな思いはしたくない。


「……一つ、思いついたよ」


 不意に、師匠がそう呟いた。


「な、何を思いついたんですか?」


「君が、寒さをしのげる方法」


「え!?」


 師匠の言葉。それは、僕にとって天からの啓示のように思えた。心なしか、師匠の背後から光が放たれているような気がする。


「お、教えてください! どうすればいいんですか?」


 藁をもすがる思いで師匠に詰め寄る。寒さに気を取られて気が付いていなかったが、いつの間にか、師匠の顔はトマトのように真っ赤になっていた。一体どうしたというのだろうか。


「……とりあえず、これ付けて」


 そう言って差し出されたのは、師匠が右手にはめていた手袋。


「いいんですか?」


「……うん」


「……じゃあ、まあ、遠慮なく」


 僕は、自分の右手に、先ほど師匠からもらった手袋を付ける。手袋のぬくもりが、氷のように冷たい右手をじんわりと温めていく。


「あったかい。……それで、次はどうすればいいんですか?」


 僕は、左側を歩く師匠の顔を覗き込みながら尋ねた。


 今、師匠の左手と僕の右手にそれぞれ手袋がはめられている。そして、師匠の右手と僕の左手は、空気にさらされているまま。このままでは、お互いに寒い思いをしてしまう。先ほどは自分だけが寒い思いをしていたのだから、状況が悪化しているともいえるだろう。師匠のことだ。手袋を分け与えて終わりにするはずがない。


「えっと……後は……後は……」


 顔だけではなく、耳まで真っ赤な師匠が、口をモゴモゴと動かす。


「後は……手袋がない方の手を……手を……つな…………手、つな…………」


「……師匠?」


「……ごめん。やっぱりなしで」


「……へ?」


「忘れて」


 スタスタと急に速度を上げて歩く師匠。その肩は、明らかに、先ほどよりも下がっている。


「……いくじなし」


 茫然と立ち止まった僕の耳に、そんな師匠の声が聞こえた気がした。


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