第45.5話 僕、先輩がいなくなるの、嫌です
放課後。将棋部の部室。先輩と二人で将棋中。
「こうやって将棋してるとさ~、ふと思うんだよね~」
「何をですか?」
「受験勉強、したくないなってね~」
先輩は、高校三年生。大学受験は目の前に迫っている。だが、未だに、先輩は、将棋部を引退する気はないらしい。その証拠に、高校最後の大会が終わっても、先輩は、この部室に毎日顔を出し続けている。
「その気持ち、すごく分かります。僕も、将棋してる時、宿題とかテスト勉強とかしたくないなって思うことありますし」
「……いや、後輩ちゃんはもっと勉強すべきだと思うよ~。対局前、『今日も古文が分からなくて……』って言ってたのは誰だったかな~?」
「……痛いところをついてきますね」
「先輩だからね~」
二ヒヒと笑う先輩。ぐうの音も出ないとはこのことか。
「でも……先輩も受験生、なんですよね」
ぐうの音は出なかったが、そんな当たり前のことを呟いてしまった。
僕の言葉に、駒を持とうとしていた先輩の手がピタリと止まる。顔を上げ、僕のことをじっと見つめる。一瞬の真剣な表情。それが、少しずつニヤケ顔に変化していく。
「もしかして、私がもうすぐいなくなっちゃうと思って、感傷に浸っちゃってるの~?」
声はどこかおどけたように弾んでいる。僕をからかう気満々だ。先輩の頭の中には、僕をからかうためのフレーズがこれでもかというほど並べられているに違いない。
でも、僕は……。
「そうですね」
「……え?」
「僕、先輩がいなくなるの、嫌です」
からかわれてもいい。だって、この気持ちに間違いはないのだから。
将棋部は、先輩と僕を除けば、後は先輩が集めてきた幽霊部員。実際に活動しているのは、僕と先輩の二人しかいない。だからこそ、先輩がいなくなるということは、僕が一人取り残されるということなのだ。先輩がいなくなった後、僕が一体どういう決断をするのか、今はまだ分からない。将棋部を辞めてしまう可能性だってある。ただ、今この瞬間。先輩が一緒にいてくれるこの瞬間だけは大事にしたいと、そう思っている。
「え……あ……あの……そ、そうなんだ~。あ、あはは~」
先輩の目が左右に揺れる。両手の指がせわしなく動く。明らかに動揺している様子だった。
こんなに動揺している先輩を、僕は未だかつて見たことがなかった。
「先輩?」
「わ、私、ちょっとお花摘みに行ってくるよ~」
先輩は、勢いよく立ち上がり、急ぎ足で扉の方に歩いていく。途中で足を少しだけもつれさせたが、倒れることはなく、そのまま扉の前へ。勢いそのままに扉を開け、外に飛び出す。バタンと扉の閉まる音。
先輩のいなくなった部室は、とても広く感じられた。




