第45話 さあ、早くそれをこっちに
師匠との帰り道。学校から駅までの道のり。
「さあ、早くそれをこっちに」
「し、師匠、お、落ち着いてください!」
「大丈夫、私は落ち着いてる」
「明らかに落ち着いてないです!」
ジリジリと僕ににじり寄ってくる師匠。口元にはニヤニヤとした笑みが浮かんでいる。だが、その目は全く笑っていない。その姿はまるで、やっと獲物を見つけた空腹の蛇のようだった。
僕は、師匠の圧に押され、ゆっくりと後退する。数歩下がったところで、ドンッと背中に軽い衝撃。僕の背中は、とあるブティックのショーウィンドウにピッタリと張り付いている。
もう逃げ場はどこにもなかった。
「さあ、観念して」
「う……」
師匠のいつもとは違った目に捕らえられ、僕はもう一歩も動けなくなってしまった。こんな時でも師匠のその目を綺麗だと思ってしまうあたり、僕の脳は今相当なパニックを起こしているのだろう。
師匠の口からは、「フシュー、フシュー」という呼吸音が漏れている。もはや蛇というより怪物だ。
師匠の手が僕の肩をガッと掴む。
このままでは、僕は……。命の危機を感じ、僕は師匠に向かって叫んだ。
「だから、さっきからずっと、差し上げますって言ってるじゃないですか!」
師匠に差し出したのは、一枚のチケット。それは、最近二つ隣の町にできた『猫カフェMuMu』という猫カフェのプレミアムチケットだ。インターネットサイトで、応募者の中から十名にプレゼントされたもので、なんと、僕がその十名の中に選ばれたというわけなのだ。
まあ、もともと、『師匠ってこういうの好きなのかな』と思い、だめもとで応募したものだから、師匠にプレゼントすること前提だったわけだが……。
「そ、それは分かってるけどね。ほら、人間には、数秒後に考えを改める可能性があって。それは、君も例外ではないわけで。つまり、私は、一秒でも早くそれを受け取るべきだと……」
師匠は、真面目な顔でそう告げる。その後も、師匠の口からは、次から次へと僕を困惑させるような言葉が飛び出してくる。冗談を言っているわけではなさそうだった。
どうして、師匠は、猫のことになるとこんなにポンコ……。
「君、何か失礼なこと考えてたりしない?」
「…………」
「…………」
「……カンガエテナイデスヨ」
どうして、師匠は、僕のことになるとこんなに鋭くなるのか。
「と、とにかく。これ、どうぞ」
僕は、改めて師匠にチケットを差し出す。
師匠は、それを受け取ると、大事そうに胸に抱えた。その顔には、ポワポワとした笑みが浮かんでいる。師匠の背後には、いくつもの花が咲き誇っているように見えた。
「私も応募したけど、当たらなかったんだよね。だから、すごく嬉しい」
喜びが前面に出た師匠の言葉。そこまで喜ばれると、僕も思わず顔がにやけてしまう。
師匠は、ポワポワとした笑みを浮かべたまま、なおも言葉を続ける。
「私、せっかく、いくつもアカウント作って応募したのになあ……。なんで当たらなかったんだろ?」
ええ……。




