第42.5話 声の感じと将棋の攻めは別なのだよ~
放課後。将棋部の部室。先輩と二人で将棋中。
「むむむ~。後輩ちゃん、なかなかいい手だね~。困った困った~」
「……先輩、絶対困ってないですよね?」
「あ、ばれた~」
先輩のいつものようなのほほんとした声が、部室に響く。局面は、先輩が優勢、いや、大優勢という状態だった。僕の玉の囲いは万全だが、攻めがほとんど潰されてしまっている。先ほどはなった起死回生の一手も、先輩にいなされてしまった。こうなると、あとはズルズルと攻められるのを待つのみだ。悔しいことこの上ない。
「ふふふのふ~。じゃあ、攻めていくよ~」
力強い手つきで歩をピシリと前進させる先輩。
「声はのほほんとしてるのに、攻めがのほほんとしてないんですが……」
「声の感じと将棋の攻めは別なのだよ~」
「ですよね……」
盤上をじっと見つめ、次の手を必死に考える。
そんな僕に、先輩は思いもよらぬことを告げた。
「そういえば、言ったことあったっけ~? 私、昔は、こんなにのほほんとした声は出してなかったんだよ~」
「……え?」
先輩の声は、僕が初めて会った時から今まで全く変わっていない。先輩の口から出るのは、どんな時でも、のほほんとした声。だからこそ、僕は、先輩は昔からのほほんとした声で話してきたんだろうなと思っていた。だが、まさか、それが違っていたなんて……。
「高校デビューってやつでね~。中三の時に、ちょっと思うところがあって、いろいろ自分を変えたかったんだ~。まあ、成功したかどうかはよく分からないけど~」
「……そうなんですね」
高校デビュー。言葉だけは聞いたことはあった。だが、まさか身近にそれを実行した人がいたなんて。
パチリと盤上の駒に駒を打ち下ろす僕。それに応じるように、先輩も駒を進める。そこに会話はない。窓の外から聞こえる吹奏楽部の演奏。その音がいつもよりも大きく感じる。
……何だろう。この気まずい感じは。
「……私、何でこんな話しちゃったのかな~」
「いや、何でと言われましても……」
「アハハ~。ごめんね~。変な空気にしちゃって~」
先輩は、僕に向かってペコリと頭を下げた。
「……いえ。別に、気にしてませんよ」
「そっか~。ありがとう~」
先輩の言葉を最後に、僕たちは、もうこの話題を続けようとはしなかった。
僕は、先輩に何かを言うべきだったのだろうか。何かを質問するべきだったのだろうか。例えば、「高校デビューのきっかけは何だったんですか」とか。
……いや、違う。多分、それは、僕と先輩の間に、さらに変な空気が流れるきっかけを作ってしまうだけだ。それでも……。
心の中に妙なしこりを残したまま、僕は先輩と将棋を指し続けるのだった。




