第34話 師匠も、同じ気持ちだったら……
師匠との帰り道。学校から駅までの道のり。
今日の師匠は、分厚い本を一冊抱えていた。とある作家の作品集だ。放課後、図書室で借りたらしい。
普段、師匠は、将棋部の活動が終わるまで図書室にいる。師匠いわく、「何もせずにずっと君を待ってるのも退屈だしね」だそうだ。師匠が将棋部に入ってくれれば、退屈せずに済むと思うのだが……。
「師匠って、その人の作品が好きなんですか?」
本を指差しながら尋ねる。
僕の質問に、師匠は、ゆっくりと首を横に振った。
「いや、この人の作品に関しては、あまり知らないかな。ただ、この作品集の中に、将棋に関してのエッセーがあったから、気になってね。つい、借りてしまったよ」
師匠は、本のページをめくり、収録作品が書かれている部分を開いた。そこには、『将棋の話』とあった。なんともシンプルなタイトルだ。
「……これ、今度借りることにします。ちょっと読んでみたくなりました」
「つい、そうなっちゃうよね」
僕の反応に、クスクスと笑う師匠。
そんな会話をしながら歩いていると、見慣れた塾の建物が見えてきた。数人の学生たちが、談笑しながらその中に入っていく。彼らは全員レジ袋を手に提げていた。おそらく、塾の真向かいにあるコンビニで買い物をした後なのだろう。
「……そういえば、そこのコンビニのスイーツがすごくおいしいって先輩が言ってました」
「どんなスイーツなの?」
「えっと……確か、果物がゴロゴロ入ったパフェらしいです」
「パフェ……あののぼりにあるやつかな?」
師匠が指さす先には、コンビニののぼり。のぼりに載っているのは。クリームと果物がたっぷり使われているパフェの写真。
「……お腹すいてきました」
「……君、以前、お腹すいたって言って、私の持ってたチョコレートにがっついてたよね」
「そ、それは……。その時は、お腹がすきすぎてて……」
「知ってる」
「えっと……師匠、できれば、その記憶を抹消してくれると嬉しいのですが……」
「無理」
いたずらっ子のような笑みを浮かべる師匠。ガックリと肩を落とす僕。
ただひたすらに取り留めのない僕と師匠の会話。そこに大きな意味はなく、大きく感情が動くこともない。おそらく、数日もすれば、この会話のほとんどを忘れてしまうことだろう。でも、僕にとって、この瞬間は、とても幸せなのだ。ずっとずっと続いてほしいと思ってしまうのだ。
師匠も、同じ気持ちだったら……。
「……どうしたの?」
不思議そうな顔でこちらを見る師匠。
ハッと気が付く。僕が、師匠のことをじっと見つめてしまっていたことに。
「あ……い、いえ。何でもないです」
師匠から視線をそらしながら、僕はそう答えるのだった。




