第30.5話 僕の先輩②
これは、あの日のお話。部室の机の上に、大量の紙コップが置かれていたお話。
部室棟の中に入る。中はとても薄暗く、空気は淀んでいた。コンクリートでできた壁には、所々変な傷やしみが付いている。一応、清掃はされているのだろう。ゴミがその辺に捨てられているということはなかった。
「……お化け屋敷みたいだ」
そんなことを呟きながら、階段を上る。
トントンと足音が響く。階段に面した窓から、暗い夕日の光が差し込み、僕を照らす。
部室棟の三階。階段を上ったその先。
「……あった」
僕の間の前には、古く、汚れた扉。扉に張り付いているのは、今にも剥がれそうな『将棋部』と書かれた紙。
大きく深呼吸をする。高校生になって、初めて訪れる将棋部の部室。緊張しないわけがない。本当なら師匠がいてくれたら一番良かったのだが……。
「師匠、どうして将棋部に入らなかったんだろ……」
僕がこの高校に入学する前、師匠から、自分が将棋部員ではないことを告げられた。その時、僕がどれほど驚いたか。
「……いや、今は気にしても仕方ないな」
もう一度深呼吸をする。覚悟を決め、扉をノックする。
コン、コン、コン
『うひゃ』
…………うひゃ?
『……ど、どうぞ~』
扉の向こうから女性の声。僕は、ゆっくりとドアノブを回し、扉を開けた。
「し、失礼します」
部屋はとても狭かった。
部屋の側面にはロッカーが一つ。それに、パイプ椅子や将棋の大盤が無造作に立て掛けられている。
部屋の中央には長机があり、将棋盤、駒、チェスクロックが一つずつ置かれている。机の隅には、大量の紙コップが入った袋と二リットル入りのお茶のペットボトル。
長机を挟むように配置されている二つのパイプ椅子。奥側の一つに、その女性は座っていた。軽くウェーブのかかった黒髪が、窓から入ってくる風でフワフワと揺れている。制服の襟についている赤色のバッジは、彼女が三年生であることを示していた。
彼女は、部屋に入ってきた僕を見て、ハッと何かに気が付いたように目を見開いた。そして、のほほんとした声で一言。
「ま、待ってたよ~」
…………ん?
彼女の言葉に、違和感を感じる。彼女は、僕がここに来ることが分かっていたのだろうか。
「……じゃなくて~。こんにちは~。初めましてだね~」
慌てて言い直す彼女。どうやら、言い間違えただけのようだ。
「えっと……こんにちは。初めまして」
「君は、入部希望……ってことでいいのかな?」
「あ……はい。よろしくお願いします」
ペコリと軽くお辞儀をする僕。
「そっかそっか~。ようこそ、将棋部へ~」
そう言う彼女の声は、先ほどよりも少しだけ大きくなっている。その顔には、笑顔が浮かんでいた。




