第29話 ……『ですか』?
師匠との帰り道。学校から駅までの道のり。
今日の師匠は、いつもと様子が違っていた。僕の方を頻繁にチラチラと見てくるし、手をモジモジと動かしている。その顔はほんの少し赤くなっている。一体、師匠に何があったのだろうか。
「……師匠、体調、大丈夫ですか?」
もしかしたら、師匠は、夏休み中に体調を崩してしまったのかもしれない。そう思い、質問してみる。
だが、僕の質問に、師匠はフルフルと首を振った。
「と、特に問題ない……よ」
妙な間を空けながら、師匠はそう答えた。
師匠の言葉に、僕は首を傾げる。体調が悪くないとすれば、師匠の様子がおかしい理由の見当がつかない。
…………うーん。師匠、どうしちゃったのかな。
僕が考えに浸っていると、不意に、僕の隣から、「すーはー、すーはー」と大きな呼吸音が聞こえてきた。思わず、隣に顔を向ける。僕の目に映ったのは、深呼吸をする師匠の姿だった。
「あの……どうかしましたか?」
「…………」
「えっと……」
「…………」
じっと僕を見つめる師匠。次の瞬間、師匠の口から奇妙な言葉が飛び出した。
「き、君は……体調、大丈夫…………ですか?」
…………ん?
「……『ですか』?」
今までの師匠なら、「大丈夫?」とか、「大丈夫なの?」といった言い方をしただろう。だが、先ほどの師匠は、「大丈夫ですか?」と丁寧な言い方をした。何というか、違和感がありすぎる。
思わず師匠のことをまじまじと見つめてしまう僕。
「……ご、ごめんね。やっぱりやめる」
そう言いながら、師匠は焦ったように手をブンブンと振った。その顔は、まるでトマトのように真っ赤になっている。
「……あの、どうして急に? 僕と話す時、『ですか』なんて、今まで使ってませんでしたよね」
「そ、それは…………から」
モゴモゴと口を動かす師匠。何を言っているのかよく聞き取れない。
僕は、自分の耳を、少しだけ師匠の方に近づけた。
「すいません。もう一回言ってもらっていいですか?」
「だ、だから……友達が持ってた占いの本に、……な人に丁寧に話すといいって書いてたから」
先ほどよりもはっきり聞こえる師匠の声。そのおかげで大体の部分は聞き取ることができた。だが、一部分だけ耳に入ってこなかった。その部分だけは、とても小さな声だったから。
「師匠、ごめんなさい。少しだけ聞き取れなくて。どんな人に丁寧に話すといいって書いてたんですか?」
「…………」
「……師匠?」
「…………やっぱり言わない」
そう告げて、クルリと僕に背を向ける師匠。そのまま、ピクリとも動かなくなってしまった。
僕たちの横を、自転車に乗った男子学生が通過していく。彼は、物珍しそうに、こちらに視線を向けていた。
僕は、どうすればいいのか分からず、その場でオロオロするしかなかった。




