第25話 何当たり前のこと言ってるんですか?
師匠との帰り道。学校から駅までの道のり。
「明日からついに夏休みスタートですね!」
「……そうだね」
「しかも、明日は土曜日だから、師匠と将棋ができます!」
「……す、すごいテンションだね」
「当り前じゃないですか!」
明日はいよいよ高校生になって初めての夏休み。それに加え、師匠と将棋ができる日。テンションが上がらないわけがない。
ちなみに、師匠とは、夏休み期間、毎週土曜日に将棋をしようと約束している。本当は、毎日でも将棋をしたいところではあるが、そこまで僕の希望に付き合わせてしまうのは申し訳ない。師匠にもやりたいことはあるはずなのだから。
「君の師匠になって、もうすぐ三年……か」
不意に、師匠はそう呟いた。
「そういえば、そうですね」
思い返してみれば、師匠が僕の師匠となってもうすぐ三年になるのだ。長かったような、短かったような……。
「あのさ……一つ聞きたいんだけど」
「何ですか?」
「私、これからも…………ごめん、やっぱり何でもない」
「……そうですか」
師匠が何を言おうとしたのかは分からなかった。だが、それを深くは聞かず、僕は、軽い返事をした。チラリと横目で見た師匠の顔は、どことなく不安そうだったから。
ゆっくりと歩みを進める僕たち。しばらくすると、駅が目の前に見えてきた。サラリーマン、老人、学生、カップル。何人もの人が駅の中に吸い込まれ、そして、吐き出されていく。今まで何度も見てきた、ずっとずっと変わらない光景。
「師匠」
「……ん?」
「僕、これからも師匠の弟子として頑張りますね!」
隣町に住んでいる師匠とは、駅に着くと別れることになってしまう。そうなる前に、今、心に浮かんだこれだけは言っておきたかった。きっと、明日になると、恥ずかしくて言えないだろうから。
僕の言葉に、目を丸くしてこちらを見る師匠。だが、すぐに、いつものような穏やかな表情を浮かべてこう言った。
「それなら、師匠として弟子の君に一つアドバイス。夏休みの宿題は七月中に終わらせること」
「…………」
「…………」
「…………カンベンシテクダサイ」
なんと鬼のようなことを言うのだろうか。夏休みの宿題なんて、八月に入ってからやるものだというのに。
僕は、ウゴゴと頭を抱える。
「……私、これからも、君の師匠でいていいんだね」
ボソリとそんな言葉を口にする師匠。
「……? 何当たり前のこと言ってるんですか?」
「……当たり前……そっか」
優しく微笑む師匠。そんな師匠の姿に、僕の心臓がほんの少しだけ鼓動を速めるのが分かった。
たぶん、僕たちは、これからも師匠と弟子であり続けるのだろう。ずっと……ずっと……。




