第17話 氷……欲しかったなあって
師匠との帰り道。学校から駅までの道のり。
「今日は暑いですね」
そう言って、僕は、ペットボトルを鞄から取り出す。そのまま蓋を開け、口をつけた。少しぬるくなったお茶が、僕の乾いたのどを潤していく。
師匠も僕につられたのだろうか。「そうだね」と言いながら、僕と同じように鞄からペットボトルを取り出し、お茶を飲み始める。
「そういえば、今日、先輩になんですけど……」
僕は、ペットボトルに蓋をしながら、今日将棋部の部室であったことを、師匠に伝えた。
今日、僕は、いつものように将棋部の部室で先輩と対局に励んでいた。二局目が始まって数分後。徐に、先輩が水筒の蓋を開け、中から氷を取り出した。何をするのだろうかと一瞬気になったが、僕はすぐに盤上に意識を戻した。一局目であまりにひどい負け方をしたために、次は必ず挽回しようと意気込んでいたからだ。頭の中で必死に駒を動かしていると、不意に、僕の頬に冷たい何かが当てられた。驚いて顔を上げると、いたずらっ子のような笑みを浮かべた先輩が氷を僕の頬に当てていたのだ。
「なんでも、『暑かったからね~』だそうです。……はあ」
思わずため息が漏れてしまう。いくら暑かったからといって、そんないたずらをしなくても。……まあ、先輩らしいといえばそうなのだが。
「……氷」
そう呟き、師匠は自分の持っているペットボトルをじっと見つめた。数秒後、その視線は、僕の持っているペットボトルにも注がれる。
「……どうかしましたか?」
師匠の行動の意図が分からず、思わずそう質問する。
「……ああ、いや……うん」
だが、そんな僕の質問に、師匠は曖昧な表情を浮かべながら口ごもった。
「師匠?」
そんなに答えにくいことなのだろうか……。
師匠が僕の質問に答えてくれたのは、それからしばらく後のことだった。
「いやね……氷……欲しかったなあって。ペットボトルには、氷は入れられないし……」
師匠の言葉に、頭の中の疑問が払拭されていく。
「確かに、ペットボトルの飲み物って、時間が経つとぬるくなっちゃいますよね。水筒なら、氷が入れられていいと思うんですけど、僕はペットボトルの方が、手間が少なくていいと……」
「あ、いや、そういうわけじゃ……」
「……へ?」
どうやら、僕の解釈は間違っていたらしい。師匠は、飲み物を冷やすための氷が欲しかったのではないということか。じゃあ、どうして……。……まさか……いや、ないない。師匠に限ってそんなことは……。
僕は、ふと浮かんだ考えを、頭の外に追い出す。
師匠が、先輩みたいに、僕にいたずらをするための氷が欲しかったなんて、そんなこと……。
頭の中で、師匠の言葉の意味を必死に考えながら、僕は、いつものように師匠の隣を歩くのだった。




