第12話 そんな君だからだよ
師匠との帰り道。学校から駅までの道のり。
「そういえば、昨日、師匠の妹さんに会ったんですよ」
昨日は日曜日。たまには遠くのショッピングモールに行ってみようと、僕は、自転車を走らせた。ショッピングモール内の本屋に入ると、偶然、師匠の妹さんと出くわしたのだ。中学三年生の妹さんは、高校受験に向けて、参考書を買いに来たそうだ。
「……知ってる」
師匠は、こちらを見ることなく、そう言った。その声は、どことなく不機嫌そうだった。
「あ、もう知ってたんですね」
「……うん。あの子が報告してきたから。……嬉しそうに」
師匠の口調が、どんどん不機嫌さを増していく。
僕、そんなに悪いことしたかなあ……。
昨日の記憶では、そんなに悪いことはしていないはずなのだが。
「本屋で、おすすめの本教えてあげたんでしょ」
「……はい」
「その後、一緒に喫茶店に行ったんでしょ」
「……高校のこと、いろいろ聞きたいって、お願いされまして」
「その後、買い物に付き合ってあげたんでしょ」
「……男子高校生目線の意見が欲しかったみたいで」
おかしい。どうして僕が質問攻めにあっているのだろうか。それにしても、妹さんはどこまで詳細に報告しているのか……。
いつの間にか、僕の数歩先に師匠がいた。師匠の歩く速度が、少しだけ速くなったのだ。慌てて歩調を速め、師匠の隣に並ぶ。
「師匠……あの……」
何かを言わなければいけない気がした。なのに、言葉が出てこない。
「……別に、怒ってないよ」
「……そうなんですか?」
てっきり師匠は怒っていると思っていたが、そうではないらしい。いや、そもそも、師匠が怒っていたとして、その理由は全く分からないのだが。
「怒ってはないけど……」
そう言って、師匠は、すっと口をつぐんでしまった。
無言で歩く僕たちの間を、ひゅっと風が通り過ぎる。その音は、いつもよりも大きく感じられた。
師匠が口を開いたのは、数分後のことだった。
「……ねえ」
「……何ですか?」
今から師匠に何を言われるのか、ほんの少しだけ怖くなっている自分がいる。師匠は、そんな僕に、いつものような穏やかな表情で問いかけた。
「君は、私に何かを言わなきゃいけないって悩んでるんじゃないかな?」
師匠がこちらの考えを見透かしているなんてよくあることだ。 師匠の言葉に、僕は素直に頷いた。
「そんな君だからだよ。……あの子も…………私も……ね」
吸い込まれそうなほどに綺麗な師匠の目。その目が、まっすぐに僕を見つめる。
僕の顔の温度が、急激に高くなっていくのが分かった。