8 エメル村
エンヌ嬢がHPとDPの説明をしてくれるよ
ロナウド街道をそれて、しばらくすると木製の橋がありそこを進んでいく。ヒトや妖人族、一人用の乗用動物しか通行できない小さな橋だ。密林が間近にあり細い川も多い。エンヌ嬢のHPやDPがピンチなこと、それに回復アイテム等が不足してきたこともあり、俺とエンヌ嬢からなる二人だけのパーティは、一番近くにあったエメル村で宿泊することに決めたのである。
「ゴメンね、サンちゃん。本当はロナウジーニョの街まで行く予定だったんでしょう?」
丑三つに揺られながら、エンヌ嬢が申し訳なさそうに話しかけてきた。
「気にしなくて大丈夫だよ。俺、記憶喪失だし、丑三つの気分に任せてロナウジーニョの街へ向かっていただけだから。ちょうど腹も減ってきたことだしさ」
「ありがとう。サンちゃん。優しいね」
「いやいや……」
俺は照れまくる。多分、顔は真っ赤になっていると思う。エンヌ嬢はルナカツ石板を取り出すと、何やら調べ始める。
「やっぱり。サンちゃんのHPほとんど減っていないよ」
「おう。エンヌ嬢はご覧になっていなかったから分からないけど、人食い花との戦闘は俺の圧勝だったからな。ダメージはほとんど受けていないぜ」
「え?ダメージ。それはHPじゃなくてDPの方でしょう」
「え?戦闘とかで敵からダメージを受けたらHP、つまりヒットポイントが減っていくんじゃないの……?」
「えええ!HPとかDPなんかも覚えていないの?」
HPとDPは基本事項。そのことは理解しているのだが、肝心の意味を俺は理解できていないのだ。エンヌ嬢に盛大に驚かされてしまったのも無理はない。
「いやあ。恥ずかしながら」
「ゴホン。なら、わたしリリエンヌがHPこと腹ぺこポイントとDPことダメージポイントの説明をしてあげるね」
「よ!待ってました。よろしくお願いします」
「この世界、プラネットルナでは戦闘時はもちろん、移動しているときも、何もしていなくても時間の経過とともにお腹が減っていくの。それを数値化したのが腹ぺこポイント、HPなんだよ。そして、戦闘やその他の場面で身体にダメージを負ってしまう場合があるんだ。それを数値化したのがDPになるの。サンちゃんの言っていたヒットポイントというのは、この世界ではDPってことになるね」
「なるほど。HP0になる=餓死ってことになるんだな」
「まあ。よく餓死って言われているけど、実際は気絶するだけで身体もミイラみたいに痩せ細ることもないんだけどね。あと、DPが0になってもグロな姿にはならないから、安心してね」
「あと一つ。この世界には魔法があるんだよな?MPみたいなのは無いのかな?」
「魔法はあるよ。だけど、マジックポイントは存在しないんだ。戦闘時には魔法を唱えると、やっぱ減っていくのはHPなの。たとえば、ソードを振るって攻撃してもお腹は減るし、呪文を唱えても同じようにお腹が減っていくって考え方なんだ。わたしリリエンヌは森林の女神サクラローラの巫女という職業をしていて、ダメージポイントを回復できる呪文を使えるんだけど、カエデという最大DPの30パーセントを回復できる呪文を唱えると、今のわたしリリエンヌのレベルだと最大HPの5パーセントを減らすと言った具合にね。ちなみに、HPの減り具合はレベルの上下によって異なるんだ」
「なるほど。かなり独特のシステムがある世界なんだな、ここプラネットルナは。教えてくれてありがとう、エンヌ嬢」
「えっと……、そんなにたいしたことじゃないよ。他に訊きたいことはある?サンちゃん」
「う~ん。知りたいことは山々あるけど、これ以上訊いたら頭がパンクしそうだから、やめにしとくよ。それこそHPがたくさん減りそうだからな」
「もう。サンちゃんったら」
楽しそうに微笑むエンヌ嬢。きっと今までぼっちでさみしくて、他愛のない会話でも面白く感じてしまうのだろう。それにしても、やはりかわいい!ずっと守ってあげたいこの笑顔。そう思う俺なのであった。
俺とエンヌ嬢、それに丑三つの二人と一頭はエメル村へと入った。小さな規模の集落であるのだが、家の形が少し変わっている。どの家も地面より高い位置に床がある、高床式の住宅になっているのだ。一階の高さが二階ほど。どの家も鮮やかなイエロー、もしくはグリーンの壁を持つ、おしゃれな丸みを帯びた形の住宅なのだが、どの言えも正面には必ず木製の階段が設けられているのだ。
さて、俺たちにじっくりと家を観察させてくれる時間は、この村の住人たちにより阻止されてしまう。俺とエンヌ嬢の姿に気がつくや、あっという間に村人たちに囲まれてしまったのである。
「おお。力士だ!」
「お相撲さんがこんな辺鄙な村に来てくれるなんて珍しい!」
「エルフェアーの巫女さんが来てくれるのも珍しいぞ!」
「俺、妖人族なんてはじめて見るよ」
「それにしても、人とは思えない妖しのかわいらしさだ!」
「ヒトじゃなくて妖人なんだから当たり前じゃない」
村人たちは珍しそうに俺とエンヌ嬢のことを見つめている。好奇の視線。でもまあ、素朴な片田舎の村の住人、悪気はないみたいだし許してあげよう。
「あの、良かったら、この子のことを抱っこしてください」
「丈夫な子に育つよう、お願いします」
「おう。もちろん、かまいませんよ!」
俺は若い夫婦から赤ちゃんを預けられ、抱っこをしてあげる。無病息災を祈ろう!
「丈夫な男に育つんだぞ」
「「女の子です!」」
ふたり同時に怒られてしまった。
「失礼。かわいく丈夫な女の子に育つんだぞ」
俺が抱っこしながら、てへぺろをすると、女の赤ちゃんは嬉しそうに微笑んでくれた。かわいなあ。思わずとろけてしまう。エンヌ嬢はそんな俺と赤ちゃんを、微笑ましく優しい眼差しで見つめていた。
俺とエンヌ嬢は村で一軒しかない宿屋のロビーにいる。村で一番大きな建物だ。その名も宿屋”ホテルムーンライト”。
「力士とエルフェアーの巫女さんの二人連れパーティーとは珍しい。こりゃあ、縁起が良い!もしよろしかったら、サインと手形をお願いします。末代まで飾らせてもらいますよ」
「お引き受けした。その代わりと言ったらなんですが、ひとつ教えてください」
「もちろん。オラで分かる範囲内でしたら、質問になんでも応えますよ」
フロント係もしている宿屋のマスターが快く了承してくれる。30代ほどの若いマスター、支配人だ。奥さんらしき者の姿が見えないので、独身なのかも知れない。
「この村の家はどうして高床式になっているんですか?」
「あ。それ、わたしリリエンヌも知りたーい」
「そんなことなら、余裕でお教えできますよ。この村、エメル村の周りにはたくさんの川があります。これらの川はみな大河ペレのの支流であり、ずっと流れていった先には別の河川があって合流してより大きな川になって、その大きな川もまた別の川と一つに合流してより大きな流れになって、結局のところはペレの大河へと合流します。ペレの大河はいくつもの枝分かれした、細分化された支流を持つのですが、エメル村のまわりにはその末端たる細い支流がたくさんあって、雨期の季節となると必ず氾濫をするのです。この村の水位も3ドレから4ドレほど上がります。なので、高床式の家になっているのですよ」
「なるほど。それは大変ですな」
「うん。こんなこと言ったら失礼だけど、よく雨期になれば水没してしまうような場所に村を作りましたね」
エンヌ嬢は率直な感想を言う。俺も彼女と同じことを思っていた。
「確かに、川の氾濫で村が水没してしまうのは残念なことですが、それを覚悟でここに村を作ったのは、水没してもなおあまりある大河ペレの恩恵を受けられるからです」
「恩恵ですと?」
「ええ。水が引いた後には肥沃な土が村やあたりに残されているのです。この土にマジックアイテムのイエローサンドやグリーンサンドを混ぜることにより、住宅の壁などの良質な材料となるのです。さらには、魚も大量に陸に上がっていて、しばらくの間は食うに困ることはありません」
「なるほど。そんな理由があったのですか。とても勉強になります」
「この村の家の壁がイエローやグリーンなのは、そういった理由があったんですね。確かにこの宿屋の中は湿度も温度も最適な気がします」
「ええ。寒い時期は温かく、暑い時期は涼しく過ごすことができます。通気性は良く、それでいて雨漏りなんかは絶対にしませんからね」
「なるほど。今夜は快適に過ごせそうだな。それでは二部屋お願いします」
「え?わたしたちパーティなんだから、部屋は一つで十分でしょう」
えええ!こ、この子はなんてことを言い出すんだろう!俺はあたふたしてしまう。きっと顔からは湯気が出るぐらい赤くなっているはずだ。
「い、いや。いくら同じパーティーであっても、や、やはり、年若い男と女が、い、一緒のへやというのは、ちょっと、問題があって、だな……」
俺の様子に宿屋のマスターはかなり驚いている。常識を言っているようでも、やはり、俺がおかしなことを口にしているのであろうか。このプラネットルナの世界では。
「あ。この人、実は記憶喪失なんです。たまにおかしなことを口にすることもあるんで、気にしないでください。記憶喪失なので、余計にひとりにするわけにもいかないし、ふたり一部屋でのチェックインをお願いします」
「わ、分かりました……。食事込みで120コリカとなります」
エンヌ嬢は袋から硬貨を三枚ほど出して宿屋のマスターへと渡す。マスターはキーを彼女に預ける。どうやら、俺は、まだ出逢ったばかりのエンヌ嬢と同じ部屋で一晩を過ごすことになるようだ………。
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