3 聖母と力士
「あ、あの……。なんで力士なんですか?」
「決まっていますわ。あなたが言った全ての能力を兼ね備えている身体と言ったら、力士しかいないじゃないですか?力士と言ったら、プラネットルナではキング・オブ・チートといわれているほどの職業で、本来なら高い代価を払った転生者しか選ぶことができない職業なのですよ。あなたは不満があるみたいですが、いったい何が気に食わないのかわたしには理解できません」
「いや、不満しかないでしょう。普通の人のセンスとして。っていうか、そもそも剣と魔法のファンタジーワールドに、大相撲の力士が存在しているとかありえないでしょう。どう考えてみても場違いだよね?」
「あなたは何も分かってはいませんね。力士はチート職業であると同時に、お相撲さんとしてプラネットルナ中、どこへ行っても人気者なんですよ。赤ちゃんの無病息災を祈って抱っこしてくれって頼まれることもしばしば。もちろん、女の子たちからもチョーモテモテ。疑っているのかもしれませんが、実際旅をしてみればすぐに理解できると思いますわよ」
「っていうか、俺この格好で旅なんてしたくないし。そもそも廻し一枚だけであとは素っ裸で旅をする、街中を歩き回るとか、どこをどう考えてみても露出狂のド変態でしょ」
「もちろん、普段は浴衣を着ての移動となります。それと、公式な場でのフォーマルな衣装は紋付き袴となります。後で差し上げますわね」
ニコリと微笑む聖母様。心底楽しそうだ。
「なんだか俺を力士にする気満々ですね、聖母様」
「うふふ。自分であなたをその姿にしておきながら、こんなことを言ってしまったら手前味噌になってしまいますが、思いのほかイケメン力士に出来上がって気に入っていますの」
「そんな……。自分が良い思いをしたいがためだけのために。あなた、聖母様なんでしょう?もうちょっと俺の身にもなって考えてくださいよ」
「ええ。もちろんですわ。だからこそ力士という職業を推しているんですよ。力士はたくさんの高い能力を持つ本当に素晴らしい職業なんです。と、言葉で言っても理解してもらえないでしょうから、実際に身体を動かしてもらいます。まずは、股割りをしてみてください」
「やーだよ!」
「フツフツフツ……。聞き分けのない子はお仕置きです!ええいっ!」
「わ、わ、わ、わ……」
ふわり。俺の身体は浮き上がった。さほど高い位置でないとはいえ、ぷかぷか空中を浮いている。っていうか、浮いていることしかできない。地に足がつかないというのは奇妙なものだ。何より身体の体勢がまったく定まらない、自由がまったく利かない。変なところに荷重が偏って瞬間的に激痛が走る。
これ、けっこうキツイ……。俺の力ではこの苦痛ポジションから逃れられない。
「うわわわ~ん。もう、やめてえ~」
「ちゃんとわたしの言うことききますね?」
「イエス!イエス!だから、お助け~。良い子になりますから~」
「よろしい。お仕置きタイムは終了してあげましょう」
どてん。ようやっと俺は地に落ちることができた。腹からダイブしたけど衝撃を感じただけで痛みはなかった。いや、痛かったんだけど瞬間的なもので、ダメージはゼロであるいうのが直感的に分かったのだ。それよりも、聖母様のお仕置きそのもののほうが身体には堪える。そして、精神的にも。
「では、こころよくやってくださいね、股割り」
「イエス!マイ聖母」
俺は聖母様の仰せのままに股割りのポーズを取る。この股割りというものを俺は知っている。自分に関する記憶はまったく思い出せないのに、その他のことは不思議なことにたくさん知っているのだ。
「え?おおお!」
あっさりと出来てしまった。股割りが。脚を180度開脚していてお腹がべったりと雲の地面にくっついている。よくテレビでお相撲さんが披露している、アレ。他の職業だとバレリーナが得意にいしているヤツ。凄え!記憶がないとはいえこれだけは断言できる。異世界サテライトアースにいたころの俺には、まずこんだけの柔軟性なんてなかっであろうと。
「次は四股を踏んでみてください」
「もちろんでさあ!マイ聖母」
俺はこころよく返事をする。股割りができたんだ。四股だって余裕だろう。両足を地面につけたまま大きく開いて、腰から上半身を沈めるように落としていく。そして、この姿勢で片足ずつ上げていく。ひゃっはー。調子乗りまくりの俺はハイキックのように脚を振り上げる。
「えいっ!」
ボン!聖母様は丸太を召喚した。
「お次は鉄砲です」
「ガッテンでさあ!マイ聖母」
ズドン!ズドン!丸太に向かって手を突いていく。つまりは、ツッパリ。手のひらに感じるその手応え。ガチに岩をも砕いてしまいそうだ。
「最後はバク転でもなんでも、アクロバチックな動きをしてみてください」
「おうよ!マイ聖母」
もうなんでも出来る気がする。バク転。成功。側転側転とんぼ返り。次々とアクロバチックな技を決めていく俺。もの凄くデブなのに、身体は軽い軽い!もちろん、重量級に見合った破壊力をも持ち合わせた、チートすぎるこの身体能力!
俺TUEEEEEE!
そう、有頂天になってしまった瞬間だった。身体がもの凄い高度までジャンプした。クルクルクル!空中で身体を丸めて三回転。そして、見事に着地成功。
「今のはいったい何だったんだ?」
いくら力士の身体能力が高いとはいえ、あれは人間という動物の持つ身体能力の限界をはるかに超えていたぞ。凄すぎて恐怖さえ感じる。
「これは驚きました。まさか身体を慣らしている段階で、”スペシャルポテンシャル”を出してしまうとは」
「”スペシャルポテンシャル”?」
「魔法とは別に種族や職業、個人個人の違いによって、身体の奥底、精神の深淵に眠っている素晴らしい能力があるのです。それこそが”スペシャルポテンシャル”なのです。通常、さまざまな出来事や出会いなどの経験を重ねることによって出せるようになるのですが……。まさか、冒険に出る前のチュートリアルの段階で出してしまうとは……。やはり、あなたはただ者じゃないですね」
「そう言われてもいまいちピンと来ないなあ」
そう言った後で、俺って凄い才能の持ち主、俗に言うギフト、いや、ギフテットなんじゃないか?あるいは、スペシャルな血を引く勇者様!などとお気楽に有頂天になってしまったのだった。
「どうですか?素晴らしいでしょう、力士って」
「確かに!力士がチート過ぎなのは理解できました。だけども……」
「まだ何かご不満でも?」
「デブ過ぎなところです!」
「……ピキッ。何を仰るのですか。あんこ体型だからこそのチートなのですよ。それに、あなたはわたしの創った身体に何か文句でもあるんですか?」
また、お仕置き食らいたいのですか?みたいな顔で俺のことを見つめる聖母様。お仕置きは正直ものすごく恐くてイヤ過ぎなので、ここは従順な良い子ちゃんな態度を取らなきゃならないだろう。それでいて、さらりとお断りを申し出よう。
「いやいやいや。不満な点など何ひとつありませんとも。聖母様が丹精込めて創ってくだすったこのあんこちゃん、実に素晴らしいの一言でござえます。だけども、ただ一つだけ不安な点があるんです」
「不安なところ?そこまで褒めちぎっておきながら心配な部分があるんですか?」
「はい。わたくしが不安に感じているのは健康面なんでございます。力士って、あれだけ身体が大きいから糖尿病や痛風などの生活習慣病に罹りやすいですよね?残念ながら現役中に亡くなってしまう力士までいるほどです。もしや、わたくしめも!と不安に思うのでありますよ」
これは我ながら良い方便だと思った。力士はチートなんだけ不健康。旅の途上で、冒険の途中で仲間に見守られながら病気で臨終を迎える。この悲劇を避けるため、力士はやめにする。理屈では通っていると思う。実際、日本では現役中に病死する力士もしばしばいるし、引退して間もない30代40代の若い親方の訃報なんかもよく耳にする。おそらく聖母様はそのへんの事情をよくご存じだろう。記憶喪失の俺でも知っているぐらいだから。
「そのことなら心配無用です。こちらの世界には糖尿病や癌などさまざまな生活習慣病、あるいは力士が罹患しやすい職業病なども存在しませんから。わたしはプラネットルナ全体を管理している監督者であり、何よりあなたの身体を産み出した母親でもあるのですよ。信じてくれますね」
聖母様は両手で俺の頬を包み込んで顔を近づけて凝視してきた。眼差しも微笑みも優しく慈悲深く温かい。記憶はないけれど、幼い頃見つめていた母親ってきっとこんな感じだったんだろうな……。
「はい。信じます……」
もはや言うことをきくしか選択肢はなかった。他の選択肢を作れなかったし、思い浮かべられなかった。それに、なんといっても力士はチートだし、力強く軽々しい身のこなしもすべて気に入っている。デブなルックスもそのうちきっと慣れるだろう……。
「良い子ちゃんですわね、スライム君。……もはや、あなたはスライムではありませんでしたね。名前をつけなければなりませんね。どんな名前がよろしいですか」
そうか……。いつも俺は自分のことを俺って言っているから気づかなかったけど、他人からしたら名前がないと不便だし、会話すらできないもんな。どんな名前にしようか……。ダメだ、記憶のない俺はアニメやらスポーツ関連やアイドルのことなどは意外に知っているのに、知っているというだけでどれも思い入れがないのだ。だから、どんな名前にしようか、決められない……。
「聖母様が考えてください。俺、名前つけるの苦手みたいなので」
記憶のない俺にとって聖母様はまさに母親みたいな存在だ。だから、息子のような俺に素敵な名前をつけてくれるはず、と期待をしている。
「お引き受けいたしましょう。では……あなたの名前は麻酔山です」
「却下します!」
そうなのだ。母親にも等しいこの聖母様は、とんでもなく残念なセンスの持ち主でもあったのだ。
「……雷電。俺の名前は雷電!確か江戸時代に実在した伝説的な力士の名前です」
とっさに思いついた。かなりチートな存在だったみたいだし、ひびき的に格好いいから、これで良いっしょ。
「思い切った名前をつけましたね。でも、あなたにピッタリな名前だと思いますよ。では、今からあなたは雷電サンダーです」
……いや、俺、サンダーは言ってないし。まあ、もう反論する気ゼロですけど……。
「名前も決まったところで、いおいよあなたを地上へと降ろします。十両付け足しスタートです。異例中の異例の好条件でのスタートなのですよ。感謝してくださいね。雷電サンダー、あなたは他の一般的な転生者と同じように運命の三女神像の前からのスタートとなります。なお、わたしの存在は絶対に秘匿です。スペシャルトップシークレットです。ヒトやそれに近い種族はもちろん、妖精や精霊、運命の三女神などの神々でさえわたしの存在を知らないのです。もちろん、敵対勢力である魔物や邪神なども。もし、わたしのことを喋ろうものなら、お仕置きです。それもとびきりキツイスペシャルなお仕置きです!それと悪い行いをしても、もちろんお仕置きです」
「ひえええ!お仕置き、いやああん!」
「良い子にしていれば良いだけです。では、転生します!そ~れっ!」
ボン!俺の身体の周りが白い煙に包み込まれる。今度はやけに濃度が濃い。聖母様の姿も雲も惑星も見えなくなってしまう。やがて、身体全体がスーと落ちていくのを感じる。高速エレベーターに乗ったような感覚だ。だけども、耳は痛くはならない。いや、エレベーターに乗った感覚を知識で知っているだけなんだけど。
ズシリ。左右両足に着地した感触をハッキリと感じた。霧が晴れていく……。
感想やら報告やらお願いします。
ブクマしてくれたら嬉しいです。