2 聖母とスライム君
「っていうかさ、明らかにまずいよね。転生した世界での姿がスライムとかさ」
「まあ、そうですね。色々と厄介な問題が起きるかも知れませんね。ですから、一刻も早く能力を決めてください」
「はい。そうさせてもらいます。とにかくチート!チートな能力に姿を!」
俺はさして考えてはいなかった。まあ、異世界に転生したらとにかくチート!レベル100ぐらいの勇者様やパラディン、いうまでもなく主人公なので容姿端麗で女の子にはモテまくり、ハーレム展開でムフフフ。記憶喪失なくせに妙なことだけはやけに詳しく覚えている俺。……なんとなく、俺ってどんなヤツだったのか、想像がついてしまった。はあ。少し切ない。
「分かりました。あなたがそう望むのなら、願いを叶えてあげましょう」
ボン!手鏡に変わり、聖母ノンの右手には魔法のステッキが握られていた。
「えい!そーれ」
聖母ノンはステッキを振りながら呪文を唱えた。それにしてもなんだか投げやりで少しやる気なさそうな気がするなあ。大丈夫かよ?ボン!毎度毎度なんだけど、けっこううるさいんだよな。まあ、鼓膜にダメージはなさそうだけど。っていうか、スライムなのにそんなこと心配する必要はないかな。そもそも鼓膜があるかどうか分からないし。ただ、音が聞こえて視界が映っているのは確かなんだよな。思考もできているし聖母ノンと会話もしているし。あのゲロゲリスライムが!と思うと少しばかり不思議だ。
でも、まあ、もうそんなことを考える必要はなくななるのだ。俺はスライムを卒業するのだから。白煙が消えていくと同時に俺は自分の左腕を目にした。ぶっとくていかにも男って感じの腕だ。そして前腕にはトゲトゲしい鋲がいくつもくっついたリストバンドが巻かれている。え?これってどういうこと。とにもかくにも姿を確認してみないと。
「あの。姿を見せてください」
「ええ。かまいませんよ。えい!」
ボン!再び登場の姿見。そこに映っているのは、およそ人間という動物の範疇をはるかに超えた大男、凶悪そうな面構えにモヒカン、そして額にはZ666の文字が。
「誰がジードにしろって頼んだんだよ!っていうか、この極悪世紀末な姿でどう剣と魔法のファンタジー世界を旅しろと?」
「あら。わたし、間違ってしまったのかしら」
「間違いも間違い、大間違い!っていうか、どこの世界にチートとジードを間違える聖母様がいるんですか!もしかして、長生きしすぎたあまりに頭が……」
「それ以上言ったら、瞬時に抹殺しますよ」
ニコリと微笑む聖母様。だけど、目は完全にマジヤバだ。
「ひえええ。ごめんちゃい」
「ゴホン。仕方ないですわね。今回だけは特例としてなかったことにして差し上げます」
ボン!俺の周りに現れる白煙。そして、再び戻ってしまった。元のゲロゲリスライムに。
「聖母様、ひとつ質問があります」
「はい。なんですか、スライム君」
「ええ?俺、スライム君って名前なんですか」
「わたしもあなたの本当の名前を知りません。なので、見た目が見た目なので仮にそのように呼ばせてもらいました」
「左様でございますか。っていうか、そのスライムですよ。えっと、サテライトアースからプラネットルナにやって来たアース人っていうのは、みんな最初はスライムなんですか?」
「いいえ。向こうの世界で代価を支払った時点でその代価に見合っただけの能力と職業、それに姿形を決めてこちらの世界へと転生してくるので、ヒトかあるいはもっと別の生き物の姿をしてやって来ます。ヒト以外といっても、まずスライムの姿などあり得ませんけどね」
「じゃあ、どうして俺だけスライムなんですか?」
「それはあなたがカオスそのものだからです」
「カオス?」
「ええ。あなたは自分のことを思い出せていませんが、わたしたちでさえもあなたのことをまったく知らないのです。先ほども言いましたが、こんなことはこのプラネットルナ創世以来初めてのことなのです。なので、今のあなたはカオスが実体化したそのものの姿なのです。便宜上スライムみたいなのでスライムと言わせてもらっていますが。それと、この世界にもスライムはいるのですが、もっとかわいい姿をしていますわよ。タマネギとは違う見た目で」
俺はカオス……なのか?いやいや、記憶喪失なだけで普通に日本人なのだろう。詳しくは分からないけど、俺は日本という所から来た気がするのだ。俺自身の記憶、アイデンティティーやパーソナリティがないくせに、たとえば、ジードとか妙なことは知っていて、普通に日本語という言語を覚えていて、それを使って思考や会話ができているからだ。きっと、俺は日本出身の日本人なのだろう。
それと、聖母様が”わたし”ではなく、”わたしたち”という主語を使っていたのも気になる。この世界の唯一の真の神様ではないのか?あるいは、ふざけているようでいて、正体を探るために俺を敢えてジードの姿にしたような気もするのだ。俺自身のことも謎だけど、彼女もすごく謎めいた存在だ。
まあ、いずれにせよ、いち早く俺の記憶を取り戻し、俺が何者なのか知ることだ。その時こそ、すべてを知ることになるのだろう。そんな気がする。そのためには、しっかりした能力と身体を手に入れてプラネットルナ中を旅して廻るということである。聖母様が言ったように。
「では、改めまして。あなたはどのような能力が欲しいのですか?」
聖母様の問いに、俺はきちんと考える。チートな能力とはどんなものであるのかを。やはり、剣と魔法の異世界を旅するとなるとチートな能力は必要であろう。ただでさえ未知の所を旅するのは怖ろしいのだから。それに、どんな能力も大盤振る舞いしてくれるみたいだし、せっかくだから欲張らなきゃ損でしょ。
「そうですねえ……。まずは屈強な身体、もちろん背は高くて大きくて、その屈強で巨大な肉体に見合った怪力の持ち主で、さらには柔軟性も高くて動体視力も良くて、つまりはありとあらゆる身体能力がずば抜けて高い。剣や槍などの武器での戦闘はもちろん、素手での攻撃力もめっぽう強くて攻撃魔法までもお手のもの。かつ、回復魔法までそつなく使えてしまう。それに付け加えて、歌も無茶苦茶うまいんですよ、声なんてすごく甘くて魅惑の美声の持ち主、グルメで料理の腕前もピカイチで、絵を描かせてもすごく上手。あと、言うまでもなくすごくイケメンでえ。……ううん?まあ、こんなところですかね」
「……プチプチ」
「ひええええ……」
ヤバイ!いくらなんでも欲張り過ぎたかな?聖母様は明らかに怒っている、……と思いきや、すぐに笑顔になった。穏やかなスマイルなうようでいて、何か裏もありそうな気もする。
「分かりました。あなたの望む能力をすべて与えましょう」
聖母様の右手には魔法のステッキが握られていた。
「はあぁぁ!えいやっ!」
聖母様の呪文のかけ声は、明らかに今までより気合いが込められていた。ボン!ひときわ大きな白煙が上がって……。俺は自分の腕を確認した。先ほどのジードに負けず劣らずのぶっとい腕。今回はトゲトゲリストバンドは無し!胸の部分は分厚い。筋肉の塊……なんだろうけど、やけに巨乳なのが気にかかる。お腹は筋肉がある感覚なんだけど、それとは矛盾するようにぶよんぶよんと大きく前方へと突き出てしまっている。さらにその下はというと……。
え?なんだこりゃあ!大相撲の力士が着けているような”廻し”を装備しているぞ。っていうか”廻し”そのものだよ!ええ!どうなってんの?
「どんな姿をしているのか気になるでしょう?今見せてあげますね」
ボン!白煙が晴れていくのと同時に姿見が現れて、その中に映っているのは……。やはり、力士だ!紛れもなく大相撲の力士そのものだ。大銀杏、見事なまでのあんこ型体型、そして廻し。貌は確かにイケメンなんだけども……。
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