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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

血も涙もないバケモノ

作者: ねこドリル

ある小国に大層綺麗で聡明なお姫様がいました。


頭のてっぺんから足先まで伸びた美しいブロンドの髪、国中の男を魅了し国中の女が妬むこと間違いなしのプロポーション、その美貌は国外にまで話が及び、お姫様に求婚する者が日々絶えません。


しかし、そんなお姫様には秘密がありました。なんとお姫様の目は宝石でできていたのです。それは、世界中どこを探しても見つかることはない比類無き輝き、見るものを虜にする魔性の輝きです。どこで聞きつけたのか、その輝きを我が物にするべく、多くの人間が擦り寄ってきました。それは時に戦乱を起こし、反乱を促し、裏切りを企てさせました。沢山の悲劇によってお姫様は大変悲しみましたが、その宝石の目から涙が流れることはありません。


やがてお姫様は、自らの眼を縫い付けました。二度と、その輝きが漏れないように。同時にお姫様は外界との関わりを失ってしまったのです。



そんなお姫様が成人の儀を迎える前日のこと、お城が何者かに襲撃されました。その者は単身でしかも武器は何も持っていません。音も無く忍び寄り、痛みを与えずお城の衛士達を一人ひとり殺していきました。


そして、その者はお姫様の部屋の扉まで辿り着きます。お姫様を守る最後の騎士は手練でしたが、その者には少しも歯が立たず、四肢をもがれ絶命寸前です。


騎士は最後に「このバケモノめ。お前には悲しみも慈しみもきっと分からないのだ」と放って死んでいきました。正確には、そのバケモノが話の途中で騎士の首をもいでしまったので、もしかしたら騎士はまだ話したいことがあったのかもしれませんが。


鉄と鉄がこすれる重い音が響き渡り、お姫様の部屋は開け放たれました。部屋の中央にある豪華絢爛なベッドに、なんとも礼儀正しく腰掛けているのは件のお姫様。バケモノはゆっくりとお姫様に近づきます。


「其方の目的は私か?」


王族らしい威厳のこもった声で、お姫様はそのバケモノに問います。膝の上で重ねられた掌と、華奢なその肩を小刻みに震わせながら。きっとお姫様も怖かったのでしょう。自分の眼を縫い付けてから五年余り、視界を絶ったおかげで人並み以上に気配には敏感になっていきました。幸か不幸か、それのおかげでお城で何が起きていたか、今から自分がどのような目に遭うか察知していましたから。


可哀想なお姫様、きっとバケモノに惨たらしく殺されて、その宝石の目をくり抜かれ、残った身体は愛玩工場にでも売り飛ばされてしまうのでしょう。


こういったことはこれが初めてではありませんでした。お姫様の目を狙って幾度も暗殺を仕向けられたことがあったのです。ですが、それは全てお城の衛士や騎士によって防がれてきました。

皆、優秀な守り人だったのです。今回はたまたまバケモノが強過ぎただけ。彼らに非は一切無いのです。


さぁさぁ、そろそろ幕も終わります。

バケモノはお姫様からの問に応えることもなく、その正面まで近づき、お姫様の首に触れました。屈強な騎士の四肢を簡単に引き裂くほどの腕力ですから、お姫様の首などひと捻りで折ってしまうことでしょう。お姫様も、ついに自らの死を覚悟しました。

最後に想うことは、美しい我が国の繁栄をこの目でもう一度見たかった、ということだけ。涙も流せない冷たい石の奥では、溢れ出る想いの丈の逃げ場が無いので、目の奥のそのまた奥の方で感情と一緒にぐるぐると魚のように回っています。


「きっと、これが涙を流すという感触なのか。私にはついぞ分からなかったが、ここにきてようやく理解した」


それがお姫様の最後の言葉になるはずでした。

というのも、いくら経ってもお姫様の命の灯火が消えないのです。バケモノの手はお姫様の首を絞めたり折ることは無く、花を扱うような優しい手つきでお姫様の首筋から頬をなぞっていきます。

お姫様は不思議に思いました。その手つきは人肌のように温かく、触れられると安心感が恐怖を勝ります。それにどういう訳かお姫様に触れているバケモノの手はずっと震えているのです。お姫様は、恐怖から怯え震えていた自分の様がこのバケモノに伝播しているかのように思えて、つい笑ってしまいました。


「何がおかしい」


ようやくバケモノが声を発しました。それは思いのほか落ち着きのある理性を備えた男の声色でした。お姫様は慌てて、だけど少し自嘲気味にこう返事をします。


「すまない。恐怖のあまりどうかしていたようだ。不快な気にさせてしまったのなら謝ろう。と、今から私を殺す其方に謝るなどおかしいよな」


「いや、姫さんは殺さない」


驚きました。慌てました。どうしてこのバケモノはお姫様だけを殺さないのでしょう。お城の皆は全員残らず殺したというのに。


「其方、私をそのまま売り飛ばす腹だな。隣国か?それとも奴隷商か?もしくはこの目だけが欲しいのか?」


お姫様は気丈に振る舞います。このまま生き残って恥を残すぐらいなら、いっそここで命を摘み取って欲しいと言わんばかりに。


「そんなことはしないさ。俺はお前自身が欲しいだけだ。どこにも渡さないし、離すつもりもない」


お姫様は唖然としました。このバケモノがいったい何を考えているの全く分かりません。分かるのは声だけ。見た目も名前も分からないので、バケモノの思考を読めたものではありませんでした。確かなのは、このバケモノはお姫様を傷付けることはしないということ。



お城の皆は容赦なく皆殺しにしたのに?

血も涙もない恐ろしいバケモノのくせに?


どうして、どうして?

そんなに優しい手つきで私に触れるの?

私に触れようとするものは皆、汚らしく穢らわしい手つきだったのに。

私に優しく触れてくれたのは父でも母でもなく、唯一気さくに接してくれたある1人の従者だけー


「其方…まさか…」


「お喋りは終わりだ。騒ぎを聞きつけたのか、王の憲兵が迫ってきているようだ。さぁ、ここから逃げよう」


お姫様はバケモノに手をとられ、そして抱えられました。これはお姫様抱っこと言うそうです。今回は本当にお姫様なので、その表現は絶対的に正しくあります。

抱えられた拍子に、縫った目を隠していた当て布が外れて落ちてしまいました。お姫様は思わず掌で顔を覆います。こんな姿、誰にも見られたくない。

悲劇を生んだ自らの目を呪い、我欲のまま封印した醜悪な傷跡。多くの人を不幸にしながら、一滴の涙も流すことの無かった、いや、できなかったお姫様。

これじゃあまるでバケモノと同じだ、と悲嘆に暮れてしまいます。


ふと、お姫様は身体に風が当たるのを感じました。どうやらお城の外に出たようです。バケモノはものすごいスピードでお姫様を抱えて城下町、荒野、森と立て続けに駆けていきます。しかし、流石は王の憲兵達。怯むことなく、休む間もなく執拗にバケモノとお姫様を追いかけます。


やがて、その差は縮まっていき、とうとうバケモノは追い詰められてしまいました。勧善懲悪、これにて一件落着となるのでしょうか。いや、そうはなりません。してはいけません。なぜなら、彼ら王の憲兵達こそが悪なのですから。


バケモノはそっとお姫様を優しく降ろすと、未だに掌で顔を覆っているお姫様に向かってこう言いました。


「綺麗だ。昔から、ずっと」


お姫様がその言葉の意味を理解するよりも早く、バケモノは憲兵達に向かっていきました。

決して苦戦する相手ではありません。しかし、今は護らなければいけないバケモノ、いや、ヒトがいます。そのヒトは、お姫様。


全てを悟った聡明で美しいお姫様は、自分の騎士となったバケモノにこう言いました。


「お願い、勝って。バケモノ同士、私と生きて」



これは、どの教科書にも載っている有名な事件です。


昔むかしあるところに小さな国がありました。その国は領土こそ狭いものでしたが、豊かな気候、温厚な国民、そして優しい優しい王様が統治するとても良い国だったそうです。

極めつけは大層美しいお姫様の存在です。そのお姫様の美貌と聡明さに釣られて、諸外国から沢山の求婚がありました。ですが、不思議なことにその小国はどの求婚も全て断ってしまいます。その中には、今でも世界を牛耳っている大国もあったそうですよ。理由は今でも分かりません。その小国は既に滅んでいますから。噂では、お姫様が男嫌いだったとか、病に伏していたとか言われていますが。


とにかく、この事件はその小国が発端となっています。信じられませんが、ある日突然、この小国の王族がお姫様を除き皆殺しにされたのです。生き残ったのはある従者のひとり息子だけと言われていますが、真相は定かではありません。

恐ろしいのはそれだけではないのです。あぁ、語るのもおぞましい。王族を皆殺しにしたのは、小国に求婚を断られたある国の王子の計画でした。どうしてもお姫様を我が物にしたいという欲に駆られた哀れな王子の命令のもと、虐殺が行なわれたのです。

虐殺という表現は行き過ぎた表現ですか。断じて否、その王子はあろうことか王族だけでなく、小国の民も皆殺しにしたのです。比喩では無く、本当に全員です。ご老体から赤子まで、子供や妊婦も容赦なく憲兵達によって殺されました。草の根を掻き分けるほどの徹底した鏖殺は三日三晩執り行われました。


その後、小国の一切合切を無にした王子は、なんとその小国の王族に成り代わり、土地を占領したのです。

自国から衛士やら騎士、そして血縁者を呼び込み、やがて侵略は完了しました。


お姫様は当時、病が原因で目が見えない状況にありました。しかも、お城の奥の奥、要塞が如き部屋で過ごしていたので、この騒動に気付かなかったのです。無理もありません。王子の計画はいちぶの隙もなく、完璧に遂行されましたから。


それからというもの、王子はあらゆる手段でお姫様を寵愛したといいます。そしてお姫様の成人の儀が執り行われる前日まで王子の成り代わりは続きましたが、その日の夜、突如として小国は滅ぶこととなります。

あぁ、王子が既に侵略していたので、実際はもう滅んでいるのですが。

お城には王子含む全員の遺体、そして近くの森には王の憲兵達の遺体が転がっていたそうです。お姫様の行方も、その後明らかになっていません。


これは余談なのですが、憲兵達の遺体があった森では、それからバケモノが出るという噂が出まして。なんでもつがいのバケモノらしく、片方は輪郭がぼやけてよく分からないらしいのですが、もう片方は大層綺麗な目をしているとのことです。


あくまで噂、ですがね。



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