第八十六話 せっかく異世界に来たんだから、童心にかえってみよう
シスターの知らせを聞いてテルアナたちがいる部屋に向かう。
そして、部屋の手前に差し掛かった時だった誰かが口論するのが聞こえてきた。
「死な、せて。お願い!」
「ダメです! ナイフを離しなさい!!」
何かがぶつかり合うような音もする。
中ではもみ合っているようだ。
よかった、まだ最悪の事態にはなっていなようだ。
「フォルトロン様、奴隷は主人の命令には絶対です。すぐに止めてください」
壮年のシスターが言う。
だが、それでは。
「眠れ、眠れ、母の胸で。
眠れ、眠れ、良い子よ♪」
「なぜ、歌を?」
壮年のシスターはつぶやく。
でも、そのつぶやきがはっきりと聞こえる程度には部屋の前は静まり返っていた。
そして、扉を開くと争っていたであろう若いシスターと、性病をもった猫人の女性は安らかに眠っていた。
「俺の歌唱魔法です。睡眠状態にする歌を歌いました」
俺が説明すると納得したように、壮年のシスターは頷く。
なぜこのような事態になったのか確認したいが、唯一現場を知っているであろう若いシスターも眠ってしまっている。
であれば。
「また、彼女は自殺をする可能性があります。とりあえずは、自殺ができないよう外から鍵の帰られる部屋に移動させてください。間違っても、彼女を奴隷として扱わないように」
「それは、どういう」
教会は秘密主義の強い組織だ。
その結束力も神の名のもとにどの組織よりも強固である。
でも、人の口に戸が立てられないのもまた事実で。
この場には異変に気付いて駆けつけてきた教会関係者も多い。
「場を変えて説明します」
「かしこまりました」
俺と壮年のシスターは奥の執務室に向かうのだった。
執務室は王都の執務室とは違い、とてもきれいに片付けられていた。
書類でできたタワーはどこにもない。
「それでは、説明をお願いします」
壮年のシスターはやさしそうな笑顔を見せるが、目も笑っていなければ、その口調も少し強い。
その表情とは裏腹にあまりない面は穏やかではないのだろう。
「簡潔に言えば、異端審問議会から異端陰門隊がこちらへ向かうことが決定しました。さらに、俺には断罪人を任されました」
黒くなった十字架を見せると、彼女は息をのんだ。
それもそうだ。
急に異端審問隊に断罪人がこの教会に集まるのだ。
それは、この町に異端と、神の敵と教会本部に認識されるだけの何かがあるのだ。
すぐには飲み込めないだろう。
「詳しく、聞いても、よろしい内容なのでしょうか?」
だが、それでも。
上に立つ者として、現状を正しく認識するために。
「すべてに守秘義務が発生する。漏れた場合は、最悪あなたにも異端審問受けることになる、可能性もあります。それでも、聞きますか?」
「はい」
「では、――
俺は全てを話す。
会議の内容も。
そして、俺のこれからの動きも。
「それでは、お金が必要でしょう。異端審問隊が来るまで、こちらの貯えから一部を貸し出しましょう」
彼女は全てを知り。
その上で、優しく微笑み助力を申し出てくれる。
「ありがとうございます」
「いつ、向かわれますか?」
すぐにでも、向かうべきだろう。
だが、自殺をしようとした猫人の件もあるし、勝手に動いて逃げられても困る。
では、無暗に動くわけにはいかない、のだろうか?
いや、テルアナのお母さんの行方も「ふふっ」
「え?」
俺は顔を上げるとシスターが笑っていた。
「ごめんなさいね、別にバカにしたわけではないの」
小さなため息をついて、俺をまっすぐに見る。
「あまりにもあなたがしっかりし過ぎていてね。私よりもずっと年寄りに見えて。エルフが入ってるでしょ? だから、勝手に年上だと思ってた。いえ、それ以上の、それこそアルマルデ様のような天上の方のように思ってたの」
天上の人?
そんな風に思っていたのか。
でも、少なくともアルマルデ様ほどではない。
「まだまだ未熟です」
「そこまで悲観しなくてもいいと思うけど。それに、別にあなたへの評価が下がったわけではありません。その誰かのために頑張られる姿は尊敬できますよ。でも、先ほども言った通り自分より、強すぎる魔力を感じ、他のシスター達への接し方を見てなんとなく、同じ人ではないような。そんな気がしていたのです。でも、沢山悩んで、考えている姿を見て、同じ人なんだなと。そう認識したら、おかしくなってしまって」
「そう、ですか」
俺は人種のように見られてなかったのか?
そんなに、容姿が変なのだろうか。
「もし」
「は、はい!」
急に話しかけられて声を張り上げてしまう。
「悩むことが悪い事ではありませんが、悩んで動けないのであれば、心に従いなさい。それでも動けないなら、大切な人に、支えあえる人に相談してみなさい。先人のちょっとした助言ですよ」
「え? あ、ありがとうございます」
「いえ、似た者同士のようですので。守るものが多いほど、考え深くなってしまうものですから」
執務室を出ると俺はもう一度彼女たちのもとに行くことにした。
最初に先ほど暴れた女性のもとに行く。
彼女が今寝かされている部屋は元々貴族に犯罪者が出た時に入れておく部屋だった場所だ。
ベッドは置かれているがそれ以外は何も置かれていない。
窓にも鉄格子がはめられている。
少し窮屈かもしれないが、安全を考えるとこれしかなかったのだろう。
彼女は深く眠っているようだ。
今しばらくはそのままにしておくべきだろう。
「誰か、たす、けて」
彼女の寝言にどうしようもない感情が俺の中で暴れるのだった。
次にテルアナたちの部屋に行く。
全身骨折していた狼人の女性は今だ寝ている。
だが、隣り合うベッドの上で膝を抱えて彼女は泣いていた。
「ここはどこ? 怖いよ。怖いよ、お母さん」
彼女に何ができるのだろうか?
俺は彼女にトラウマを植え付けた同じ男だ。
今は、話しかけない方が。
「いや、行こう」
幸いにも、同い年の男の子と比べると背が小さい。
なら、少し子供っぽく。
そうだ、カタハナ村のトントみたいに。
「ねえ」
「え?」
テルアナは驚いた表情を浮かべる。
やはり、話しかけない方がよかったか。
いや、ここまで来てしまったんだ、進むべきだろう。
「おはよう! 起きたんだね。お腹すいた?」
「え、あ」
戸惑っているようだが、ここは押し切ってしまおう。
どちらにしても、彼女の細い体には栄養が必要だ。
「すいたでしょ!! ご飯もらってくるね!」
「あ、あの」
「待っててね!!」
俺は走り出した。
その足は少しだけ軽くなっていた。
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