第三十二話 せっかく異世界に来てまで苦行は行いたくない。
遅くなりました。
よろしくお願いします。
湖畔の教会から林の中を少し歩いたところに洞窟がある。
洞窟の中は輝く鉱石の光で淡く照らされて、少しひんやりしていた。
薄着の今の状態では少し寒くらいだ。
そして、源泉の水は驚くほど冷たかった。
「ひょああああ」
思わず変な声が出てしまう。
まだ、足をひざ下程度までしか入れることはできていない。
だが、これ以上は。
きっつい。
ザプンッ
隣の水の音に視線を向けるとミドリくんがためらいもなく、一度に体を冷たい水の中に沈めた音だった。
なぜか勝ち誇った顔をしている。
まあ、若いからできる芸当だろう。
精神年齢が四十を超えたおっさんは体への負担が怖くてそんなことができるわけがない。
俺は小さくため息をつく。
テルマリリ様の誤解は解けたが、ミドリくんはやはり納得していないようだった。
俺だってミドリくんの立場だったら納得していないし、なにより今の状況に俺が納得していなかった。
そもそも、天職をもらうというのはに自分にふさわしい職を幾つか紹介されその中から選ぶことになるのだとか。
つまり、紹介されなかった職には就けないのだ。
満足のいく職に付けなかった場合、新たに天職を変えようとすると成人になる十五歳まで待たなくてはいけない。
しかも、変えたとしてもそれまでに上げた天職のレベルがリセットされてしまう。
そんな、就職難を洗礼をすることで乗り切れると思われている。
身を清め、精神を統一し、穢れをはらうことでもらえる天職がワンランクアップするのだとか。
今だに欲しい天職がもらえる様に貴族たちは高い寄付を行い洗礼を受けるのだそうだ。
正直に言おう。
そんなもの俺は信じていない。
現にここ千数百年の歴史を見ると就職希望率トップの職業、勇者が出る確率は貴族よりも平民の方が高いのだ。
だが、この国の貴族や王族と平民の人口差は五十倍以上ある。
ランダム確率で言えばそうなるのは当たり前である。
つまりは前世で言うところの受験前の合格祈願みたいなものだ。
自分が頑張った分それなりの結果は望めるだろうが、それでもゲン担ぎ的に受けたい人が多いというだけの話だ。
それを裏付けるように貴族出身の勇者は少ないが同じく就職希望率が高い聖騎士や賢者は圧倒的に多い。
この二つは職業適性的に昔からそれ相応の努力以上に教育が必要だからだ。
高い教育を受けるにはやはりお金がかかるという事だ。
と、うことで俺は早々に洗礼を中止できるように今朝アルマルデ様に手紙を書いた。
猊下の悪行を事細かに記して。
これで、悪は滅びるだろう。
そういえば何かを忘れているような?
「はやく浸かってください」
アクアくんにせかされ、現実に戻ってくる。
しかし、冷たくてなかなか入れない。
少しづつ沈めてきているが、まだ腰のあたりまでだ。
本当にこんな苦行やりたくない。
手紙は今朝だしたばかりなので、アルマルデ様から帰宅命令が来るとしてもそれは少なくとも明後日になるだろう。
そうなると、今日を含めて残り三日を耐えなくてはいけない。
涙目になりながら肩まで浸かった俺はシューラン猊下を心の底から恨むのだった。
「これで、私の勝ちだ。勇者はいただいたようなものだな」
「そ、そう、で、すか」
相槌をつくので精一杯だった。
もう、ミドリくんの勝ちでいい。
勇者にでもなんにでもなってくれ。
俺は村人Aでもいい。
そして、一時間もすると出てそのまま湖の中央にある小さな小島にある礼拝堂まで行き、祈りを捧げなくてはいけないのだった。
しかも、移動手段が手漕ぎのボートである。
多少はふけるものの濡れたままの衣装で移動しなくてはいけないので、湖の風で体が冷えて死にそうだ。
「ハン、君は軟弱だな!」
ミドリくんは俺を見て鼻で笑ったが、そう言う彼も体が小刻みに震えていた。
数分もすると小島の礼拝堂に着く。
礼拝堂は教会と違いテラスのような造りでその中央に女神さまの像が置かれた台座があるだけだった。
そんな風通しがいい礼拝堂は火の月でもものすごく寒かった。
この時にはもうミドリくんも言葉を失っていた。
アクアくんと湖畔のシスターに見守られながら祈りを捧げて、午前中は終わったのだった。
俺もミドリくんも我先にと着替えに行く。
だが、こんな礼拝堂には更衣室などあるわけもなく。
別に男同士だし、子供同士だし構わないだろうと、その場で着替えようともしたが、「何をしているんだバカ!」とミドリくんに怒られたので草陰で着替えることになったのだった。
「そんなに怒らなくてもいいのに」
「いや、怒るでしょ」
俺の着替えを持ってきてくれたアクアくんはさも当たり前のようにそう言い返してきた。
「なんで?」
「だって、男女で一緒に着替えるのはどうかと思うよ」
「ん?」
「ん?」
何か話がかみ合わない。
「俺、男だよ」
「百も承知してるよ」
そりゃそうだ。
百人が見れば九十人くらいは俺を男というだろう。
それでは。
「男女って?」
「もしかして、ミドリさんを男の子と勘違いしてる?」
なるほど。
ミドリくんはミドリちゃんだったのね。
「ボルヴァードくんって、そういうとこ疎いよね」
「すみませんでした」
だが、一つ言わせてほしいがこれは俺のせいではないような気がする。
そもそも、この世界は美形が多すぎる。
一般人でも普通に美男美女ぞろいだし。
俺が思うに前世での世界と比べると偏差値が二十は高い。
だが、まあ。
とりあえず。
「すみませんでした」
「な、なにに謝っているんだ、君は」
「色々とです」
「わ、分かった」
更衣を終えて戻ってきたところを捕まえて、内容はぼかしながらミドリちゃんに謝るのだった。
半日で俺はかなりやられていた。
「これを二週間とか無理」
「わ、私はやり切ってみせるぞ!」
ミドリちゃんは歯をカチカチと鳴らしながらも元気よくそう言うのだった。
「二人とも午後も頑張ってね」
そのアクアくんの言葉に俺たち二人は言葉を失うのだった。
そして、湖畔の教会に戻り昼食とる。
その後、ガシェルさんとの鍛錬を終わる頃、アクアくんがにこやかな顔で俺を迎えに来たのだった。
そんな、日々を過ごしながら一週間が過ぎたのだ。
しかし、待てど暮らせど来ないのだ。
「なんで、手紙が来ない!」
アルマルデ様に送った手紙の返信が来ないのだ。
不審に思い、更に二通ほど手紙を送ったがそれもでも返信は来なかった。
アルマルデ様ならこんな状況の場合、相手への気持ち等を考慮し帰ってくるよう指示が来るはずだ。
そして、同じ聖女様の指示であれば師匠であるアルマルデ様の言葉の方が優先しなければいけない。
俺はこの苦行から脱出できる!
そう思っていたのに。
非情にも今日の苦行の時間がやってきた。
「今日も乗り切ろうね」
「うん」
「後、半分だ」
「うん」
ミドリちゃんも「うん」としか言わない。
最初は元気だった彼女も疲れてきているのだろう。
しかも、洞窟に入ったあたりから少し顔色も悪いように見える。
外と洞窟内の寒暖差が激しすぎるのだ。
「大丈夫? つらいなら休んだ方が」
「大丈夫だ。この程度乗り切れずいたらテルマリリ様に合わす顔がない」
そう言いながらミドリちゃんは迷いなく源泉へ足を進めていく。
だが、その足取りはふらついていた。
このままでは限界が近いだろう。
「ミドリさん、まずいよね」
「そうだ(ドボンッ
アクアくんと言葉に視線を離した瞬間、そこにいたはずのミドリちゃんが水の音と共に突然消えたのだ。
「あ、あれ?」
アクアくんは戸惑っているが俺はすぐに源泉の中に入る。
幸い、水が透き通って、さらには浅瀬なためすぐに見つけることができた。
「ミドリちゃん!」
「……」
反応がない。
俺はすぐに源泉から出してミドリちゃんの様態を確認する。
心臓の音は微弱でしかも息ができていない。
チアノーゼまで出て来ている。
すぐに人工呼吸を行う。
幸い前世の介護職でお客様が溺れた時や食べ物などをのどを詰まらせたときに体験していたので応急処置は手際よく行えた。
そして、数回の心臓マッサージの後、ミドリちゃんは水を吐き出し、呼吸を吹き返したのだった。
「よかった~」
アクアくんはそう言って肩を下ろすがまだ予断は許されない。
ミドリちゃんの身体は冷えてしまって、小刻みに体を震わせている。
「シスター! すぐに火を!」
「は、はい!」
残念ながらシスターも火の魔法は使えないらしく、洞窟の外に走っていった。
だが、そのままにしていたらミドリちゃんは何かしらの障害が残るかもしれないし、最悪死んでしまうかもしれない。
俺はミドリちゃんの身体を抱きしめながら温めて、終わった後に体をふくためのタオルで巻きながら保温した。
「こ、こわい、こわいよ」
ミドリちゃんはうわごとのように言葉を吐き出した。
「大丈夫、俺がここにいるから」
冷たくなった手を俺は強く握る。
その時だった。
強い光が洞窟内を照らす。
「大丈夫かい!」
その言葉に視線を向けるとランプを持ったテルマリリ様とアルマルデ様がそこにいたのだった。
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