第二十九話 せっかく異世界に来たんだから湖に行きたい。
遅くなりました。
よろしくお願いします。
「「はっはっはっはっは」」
昼過ぎ、森の中では二つの吐息が規則正しく静寂を刻んでいた。
火の月は前世で言う夏に当たる為、気温が高い。
また、光火の月と比べると闇火の月は湿度が高くなる。
その為、着ていた服は汗でびっしょりと濡れ体に張り付いていた。
ここは王都から少し離れた西の森だ。
ドゴッ!
この森は浅い部分には動物しか出ないので問題ないが、深い所まで行くと魔物が出てくるのだ。
だが、奥には手を付けられていない多くの薬草や木の実が眠っている。
その為、冒険者たちはパーティーを組んで綿密に計画を練り、西の森へ挑戦するのだ。
決して九歳の子供と七十オーバーのお爺さんが二人で、ランニングに来ていい場所ではないのだ。
「ほら、ルヴァンくん。走るスピードが落ちて来てる。そのままだと、置いてっちゃうぞ」
そ、それはまずい。
ここで一人取り残されたら一日と経たずに死んでしまう。
俺は無言で足に力を入れた。
「やればできるじゃないか!」
その誉め言葉? に返事することもできず、ただひたすらについていく。
そんな時だった。
前の草むらから何かが飛び出してきた。
飛び出してきたのだが。
バゴッ!
「ギャッ!」
声からして魔物だっただろう何かが肉片となって飛び散っていったのだった。
何かにぶつかったことには気づいたのだろうそのお爺様は走りながらも一瞬肉片になった物に目を向ける。
しかし、すぐ俺に視線を戻した。
「やっぱ森だけあって、障害物が多いね」
との事だった。
だが、疲れすぎて言葉にはできないが、言わせてほしい。
障害物は避けるものであって破壊するものではない。
走る先で現れた岩も木も魔物でもすべて破壊しながら行くのであればそれはただの自然破壊である。
障害物もへったくれもあったもんじゃない。
さて、そんな俺の前を走り続けているめちゃくちゃな老人ことガシェルさんはあったころとはすでに別人になっていた。
骨と皮だった体は筋骨隆々になりその腕は俺の胴よりも太く、色白だった肌もいつのまにか小麦色に焼けていたのだった。
変わらないのはその禿げ頭だけである。
「いやー。自然の中を走るのって気持ちいいね」
そう言ってガシェルさんは爽やかに笑いかけてくる。
これが、王都の教会から数十キロ先の西の森までのランニングでなければ俺も同意していたかもしれない。
さらに森の中に入りどれくらい走ったかもわからなくなってきたあたりからどういうわけかガシェルさんの言う通り気持ちよくなってきたのだ。
「ははっ」
自然と笑いがこみ上げてくる。
「お! ルヴァンくん、鍛錬が楽しいんだね! 僕もそうさ! さあ、ペースを上げてどんどん行こう!」
「っはっはははあhっはっはあっはあはhっはあっは!」
「あっはっはっはっは!」
狂った子供の笑い声と、爽やかな老人の声が森の中に響きながら、一つ、また一つと血だまりを増やしていくのだった。
さて、なんで俺がこんな狂気的な耐久マラソンをさせられているのかというと、神明の湖へ向かっているからである。
ことは数時間前にさかのぼる。
シューラン猊下がいつのまにか荷物を用意していて、そのまま一緒に神明の湖へと豪華な馬車で行こうとした時だった。
「シューランのジジイ! 仕事ほっぽってどこに行こうとしてるんだい!」
「もう、追いついたのか!」
鬼の形相のアルマルデ様がたくさんの書類と一緒に追いかけてきたのだ。
そして、アルマルデ様は猊下に拳骨を落とすとそのまま引きずっていったのだった。
俺も戻ってリリシアお嬢様に手紙を書こうとするが、玄関を掃除していたセシアさんに止められた。
王都に来てからセシアさんも俺と同じ修道士見習いとして教会に身を置いている。
そのセシアさん曰く。
「洗礼をしてから天職をもらいに行くと、いい職をもらいやすくなるの。洗礼も多額の寄付をした者しか普通は受けれないし、行けるなら行った方がいい」
と、アドバイスを受けたのだ。
そして、同時刻庭で鍛錬をしていたガシェルさんが俺の付き添いになったのだった。
そこまでは俺も納得した。
だが、猊下が用意してくれた馬車で教会を出てすぐに彼は言ったのだ。
「ただ、着くのを待つのはつまらない」
俺は何を言ってるのだのか意味が分からなかったが、次の瞬間ガシェルさんは俺を担いで馬車を降りたのだ。
しかも、馬車の運転手には「先に行け! すぐに追いつく!」と伝えて。
馬車の兄ちゃんもガシェルさんの言葉通りに荷物をもって先に行ってしまう。
「さあ、走ろうか」
こうして、俺の地獄が始まったのだった。
最初は王都の外壁の門をくぐり街道沿いを走っていた。
俺の出せるギリギリのスピードを保って。
そんな時、彼は言ったのだ。
「このままでは今日中につかないな」
当たり前である。
馬車で丸一日かけて行くと猊下は言っていた。
馬車よりも速く走らなければ着くわけがない。
だが、彼は天災だった。
「なら、コースをショートカットしていけばいいじゃない」
そう言って西の森を指さしたのだった。
そして、現在に戻る。
俺が壊れているうちに昼から夕方に変わっていた。
その間も足を動かし続け、いつの間にか西の森を抜け、街道を沿って走っていた。
ほのかに水のにおいがする。
「やっと、見えてきたぞ」
ガシェルさんの声に視線を上げるとそこには大きな湖が広がっていたのだ。
更に走り続け日が落ちる前に神明の湖に着いたのだった。
この一年近くガシェルさんとカーシャさんに絞られただけのことはあったようだ。
そして、湖畔の教会に着く。
「おや、いらっしゃい」
この教会のシスターと思われる人が俺に笑いかけてくれる。
そして、俺の意識は天高く飛んだのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
目を覚ますと小さな部屋のベッドの上だった。
お決まりの言葉を言ってみる。
「知らない天井だ」
周りを見回す。
「知らない部屋だ」
そして、窓から外を覗いてみる。
そこには大きな湖が広がっていた。
「意外とこのくだり好きかもしれない」
さて、俺は洗礼を受けるために神明の湖に来ていたはず。
ベッドから這い出し、部屋から出ようとした時だった。
急に俺の意志とは別に扉は開かれる。
そこには翡翠色した目が特徴の女の子がいた。
「エルフ?」
俺がそうつぶやいた時だった。
そのすぐ後ろから黒くてでかくて固いものが一瞬で俺を包みこんだ。
「ルヴァンくん、ごめんよ~」
ガシェルさんだった。
しかもまだシャワーを浴びていないのだろう。
かなり汗臭かった。
「君の頑張りが嬉しくて、加減を間違えてしまった~」
「ゆ、許しますから、って。ギブギブギブッ!」
俺が本気で苦しんでいると「クスッ」と小さな笑い声が聞こえた。
その方を見ると女の子が笑顔で俺たちを見ていた。
「仲がいいね」
お願いです。
笑ってないで、と、め、て。
「何やってるのですか!!」
「「ぎゃああああ!!」」
俺とガシェルさんの身体にビリビリと強い刺激が襲い掛かる。
そして、ガシェルさんは俺から離れるのだった。
「大丈夫ですか?」
「な、なん、とか」
そこにいたのはセシアさんだった。
セシアさんが魔法で何かしたのだろう。
その後ろで着いた時に出迎えてくれたシスターが苦笑いをしていた。
「どうして、セシアさんが?」
「嫌な予感がして、本当は一緒に来たかったのです。しかし、任された仕事がありましたので。ガシェルさんがいるから大丈夫だと思ってたら、まさかこの人のせいでルヴァンがこんな目に合うとは」
「ははは」
乾いた笑いしか出てこなかった。
俺が起きたのでさっそく洗礼を受ける。
訳にもいかなかった。
まず、体を酷使し過ぎて休ませなくてはいけなかったし、シューラン猊下が急に言い出したことらしく準備ができていなかったのだ。
ご相伴に預かり夕食を出してもらった。
内容はパンと野菜がたくさん入ったスープ。
いつも王都の教会で出ている内容と同じだった。
肉が食いたい。
この一年近くずっと思っていた。
肉が食いたい。
「洗礼は早ければ明後日からになります。他にも洗礼を受ける方がいるので、その方と受けることになります」
俺以外にも洗礼を受けるのか。
「そういえば、洗礼って何をするのですか?」
夕食のスープとパンを食べながらふと思った疑問をセシアさんに投げかけてみた。
だが、セシアさんは食べる手を止めて固まってしまう。
「それは……」
「説明しましょうか?」
先ほどの女の子がそっと手を上げてそう言った。
「君は」
「僕はアクア。よろしくね」
「俺はボルヴァード。よろしくお願いします」
「それで、説明してもいい?」
「よろしくお願いします」
「それじゃ、まず洗礼は二週間かけて行うんだ。内容は午前と午後で一回ずつ湖の源泉で沐浴し、本堂でお祈りを捧げるだけ。最終日に聖水を飲んでおしまい。かなりつらいけど頑張ってね」
「ありがとう。アクアちゃん」
俺の言葉にアクアちゃんは固まり、急に苦笑いをする。
何かしてしまっただろうか?
「ボルヴァードくん」
「な、なにかな?」
「僕は男だよ」
アクアちゃんじゃなくて、アクアくんだった。
総合評価100ポイント行きました!
皆さんのおかげです!
感想にこのキャラのこんな話が読みたいといった要望があれば閑話等で書いていこうと思います。
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