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猫かぶり令嬢の婚活〜もう誰でもいいから結婚して〜

作者: 微睡






「ごきげんよう」


ルカは社交界ですっかり板についた完璧な笑顔を浮かべて微笑んだ。


最悪だわ、と思ったことはおくびにも出さずに。



休憩をしようと飲み物を取りに行くところで強引に捕まってしまった。


出来るだけ優雅に挨拶をしながらなんとか記憶を引っ張り出す。茶髪に騎士服、この紋章。


___確か、ボルドー子爵家の次男よね…

えーと名前はなんだったかしら。




「ああ、さすがヘルキャットの黒薔薇と名高い貴方は今日もお美しい」


声を掛けてきた男はまるで王女にでもするように仰々しくルカの手を取って手の甲に顔を寄せた。


「あら、お上手。ボルドー卿のような素敵な殿方にお褒めいただけるなんて光栄ですわ」



___あー嫌だ。下心が見え見えだわ


いつまで経っても離されない手をさりげなく引き抜きながら、自分を律してなんとかニコリと笑いかける。

貴族たるもの猫は何枚でも被ってなんぼである。



豪華絢爛に飾り付けられた巨大なホールでは、選りすぐりの演奏家たちが雅な音楽を奏で、色鮮やかな紳士淑女たちがひしめき合っていた。


きっとデビュタントなのだろう初々しい少女や、にこやかに語り合いながらも商談の約束を取り付けているおじ様方、さらには一際高い場所に陛下や殿下たち、王族の顔も見える。


今夜は毎年行われている王家主催のパーティーである。

伯爵家の令嬢であるルカ・ヘルキャットもそこに当然招かれていた。



「…私に貴方と踊る名誉を下さいませんか?」


「ボルドー卿、申し訳ありません…実はわたくし、少し疲れてしまって」


「ああそれは大変だ。万が一のことがあってはいけない。私が休憩室まで付き添いましょう」


「…あ、いえ。そこまででは…」


「遠慮されなくても大丈夫ですよ」



腰に手が伸びてきたのでギョッとして後ずさる。


お断りの定番文句で「あなたとはお付き合い出来ません」と比較的分かりやすく断ったつもりだったが、どうも相手には通じなかったらしい。それでも一緒に、としつこい。


第一この男とはほぼ初対面のはずで、いきなりダンスの誘いをかけてくるのもかなり失礼な行為である。


まだ若い娘であるルカが、パートナーもなしで一人でいるので舐められたのかもしれない。



___行くわけないでしょ、休憩室なんかに行ったらそれこそ何されるかわからないわ。


ルカは内心で悪態をついた。


休憩室は男女の逢瀬に使われる定番の場所の一つだ。まず、気のない相手と行く所ではない。



しかし一緒に来たはずの父は娘のことは放ったらかしで上位貴族との付き合いに夢中だ。


置いていかれる前に良い結婚相手を捕まえてこい、とだけはよくよく念押しされたが、あの父にとっての良い相手というのは身分や血筋が高い相手で、この男は父にしてもお断りだろう。さっさと逃げたい。


全く面倒な相手に捕まってしまった。




いっその事、ワインをひっくり返して化粧室にでも逃げるか___いやでも醜聞になってはいけない…と思案していると、


「失礼」


横から誰かの声が掛かった。


ルカと男が声の主に振り向くと、そこには流れるような水色の髪、透き通るようなブルーアイを持った美しい青年が立っていた。顔立ちは作り物のように整いすぎていっそ冷たく見える。


纏っている紺色の燕尾服も最先端のデザインの上等なもので上位貴族だということが一目で見てとれる。


ルカは驚きのあまり出たー!と叫びそうになった。


この美しい男は見るだけなら目の保養になるのだが、近寄ると少し…いやかなり厄介なのである。



「あ、あアシュリー公爵!?」


「ボルドー卿でしたか。…お邪魔をして申し訳ありません。実は彼女と先約がありまして」


「…あっいや、先約があったのなら仕方がない…はは、私はこれで…」


ルカの行く手を阻んでいたやたらとしつこいボルドーなんとか(名前はついに思い出せなかった)は美しい青年___アシュリー公爵の視線を受けて逃げるように去っていった。


ああ出来れば私も逃げたかった。

ルカからすれば雲の上の存在で、会話をするだけでも不興を買わないかとひやひやである。



___約束?そんな覚えは…

いや、たぶん助けてくれたのよね…



「あの、ありがとうございます。助かりました」


ルカが恐る恐る礼を言うと、アシュリー公爵は無表情だった顔を何故かしかめっ面にした。

___えっ私なんかやらかした!?


美形が怒ると迫力があって怖い。



「なんでこんな所で一人でいるんだ。君みたいな子がウロウロしていたら危ないだろう」


「す、すみません…?」


反射的に謝罪が口を出る。


___私みたいな?いやパーティーにはそこそこ慣れているつもりなんだけどな…


どういう意味ですか?とはさすがに聞けなかった。


アシュリー公爵はやはり助けてくれただけだったらしく、その後しばらく当たり障りのない話をして去っていった。


ようやくほっと胸を撫で下ろす。


いつも怖い顔をしていて何考えてるのかわからないけど、優しい人なのだろう。たぶん。

そして美形の公爵様とあって周りの視線がビシバシ痛かった。



気がつくとパーティーも終盤に差し掛かっていて、チラホラと帰り始める人々が見受けられる。


ということは今日も収穫はなしか…

良い人にはついに出会えなかった。


この結婚相手探しの道のりが遠く遠く思えて、ルカはため息をついた。



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