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「ねえサラお姉ちゃん、あれ何?」
「これはアイス。ヒナの分もちゃんと用意してあるから、手を洗ってテルの隣で待ってて」
そう聞くや否や、店内の端に取り付けてある水道で手を洗い、少し高めのカウンター席の椅子にテルに手伝ってもらいながらよじ登った。
「はい、お待たせ」
「おいしそう!」
さっきと同じものを台に置く。サンドイッチは食べきれなくてもテルが食べてくれるだろうと思い、ベティさんに向き直る。
「色々とありがとうございます。もしよかったらこれを食べてみて下さい」
「アイス?遠慮なくいただくよ」
ベティさんに出したのは注文のあったコーヒーとおまけのバニラアイスだ。この2つはとてもよく合うし、アイスとコーヒーを味わいながら好きな本を読むなんて最高よね!
「今日はお代は結構なので、またぜひいらして下さい」
「いいのかい?ヒナちゃん呼びに行っただけなのに」
「いえ、すごく助かりました。それにベティさんがテルに気づいてくれたおかげで……」
話しながら2人を見ると、幸せそうに笑っている。もしベティさんが午前にここを通らなかったり、見ても無視するような人だったら見られなかった光景だ。
「実は私、2人にここで暮らしてもらおうと思ってます。子供たちに聞いてからですけど、仕事を手伝ってもらいながらお世話できたらなぁって。なんだか放っておけなくて」
「本気で? 子供のお世話は予想以上に大変だよ? なにより責任を持たなくてはならないし、サラちゃん若いよね。これからしっかりやっていける?」
心配だからこそ厳しめに聞いてくる。けれど大丈夫。なんて言ったって、前世の時間も合わせたら既に30代は軽く超えて……。いやいや、6才までは忘れてたし、前世はノーカウント!
「はい、大丈夫です。しっかり責任を持って面倒を見ます」
ベティさんの目を見てはっきり答える。
「……そうか。なら、何か困ったことがあったら遠慮なく言うといい。店には通うつもりだから、その時にでも」
「はい、ありがとうございます」
ここでアイスとサンドイッチを食べている2人に向き直る。
「テル、ヒナ。もしよかったら2人ともここで暮らさない?」
テルは動きを止め、ポカンとこっちを見てくる。
「……いいの?でも何も持ってないし……」
「もちろん。何も渡さなくていいのよ。ちゃんと三食食べて、布団に入って。あ、お金はまだお小遣い程度しか上げられないけど、お店の手伝いをしたらそれは自分のお金だよ。ヒナはどうしたい?」
「ここに住めるの!? 住みたーい! 食べ物おいしいし、サラお姉ちゃんがいるもん!」
ヒナは元気よく答えてくれる。サラお姉ちゃんがいるから、って可愛すぎか!抱きつこうかと考えていると、横から鼻をすすり上げる音が聞こえる。
私は黙ってテルに近寄り、優しく抱きしめた。
「お、お母さんたちがいなくなってからどうすれば良いか分からなくて、ひっく、家も追い出されて」
「うん」
「ひっ、グループには入れてもらえたけど1日3食なんて食べれ、ないし、ひぐっ、お金貯めても、取られちゃうし、ヒナだけは守ろうと思って、僕……」
涙をあふれさせ、口も震わせながら一生懸命伝えてくる。小さな体で妹を守ろうと必死だったのだ。肩の力が抜けてホッとしたのだろう。背中をぽんぽんとリズムを取って叩いてあげると、少しずつ落ち着いてきた。
「ヒナを守って偉かったね。今日からは私が守ってあげるから」
「きゃー!」
ヒナも巻き込んで、2人をギューと抱きしめる。するとギュウギュウとしがみついてきて離れない。しばらくこのままで居ようと、目の前にいる2人の頭を撫で続けた。
次の日から、カフェ・ラーシャで元気いっぱいに店内を駆け回る、かわいい子どもが働き出した。ちょこちょこと歩き回る女の子と、妹をチラチラと見ながら心配そうにしている男の子のかわいらしい様子に、お客さん達も視線が釘付けだったとか……。
「あのご婦人の方なんてヒナにメロメロね。テルはお姉さん層に可愛がられて……。お、お客さん、本がコップに当たりそう! もう、本も読まないで……。」
そういいながらも、2人の元気な様子を見て私も口元には笑みが浮かんでいるのを隠しきれていなかった。