立ち話
取りあえず言われた通り、参加者全員にアンケートを取り部室に戻ろうとする。
そんな僕の肩を誰かがトントンと指先で軽く叩く。
ヒョイと振り返ると、そんなに身長が変わらない男子がニッコリと僕を見ている。
「あ、守坂さん」
さっきアンケートを取ったばかりだから、幾ら何でも忘れる訳がない。
小柄な身体にアンバランスなほど大きな目。それが面白がるようにニコニコと僕を見つめている。チェシャ猫を擬人化したらこうなるんだろうなって感じだ。
「君塚、ちょっと時間ある?」
「はい」
素直に頷いてしまってすぐに後悔する。だって、連れて行かれたのは屋上だ。
たった数日前の事だと言うのに、自分の警戒心のなさが厭になる。
でも、守坂さんは綿井さんとは違う。
何しろ学年で一番の成績だ。それはこの学校内で一番頭がいいって事だ。
それに可愛い。悪戯盛りの仔猫みたいな雰囲気を持っている。
今も目をくりくりさせながら僕を見つめている。それが何だか遊びに誘われてるみたいでソワソワしてしまう。
「君塚は春日と仲いいんだよね?」
思わぬ質問をされて戸惑う。
でも考え直してみたら、春日さん主催の企画に参加しようと言うのだから、そうおかしな質問ではないのかも知れない。
「仲がいいと言うか、拉致られて無理矢理ミス研に入れられたと言うか」
モゴモゴと言い訳するように呟くと、一拍置いてから守坂さんが「プッ」と吹き出す。
そして口元に手を当ててクスクス笑う。
「面白いなぁ、君塚は正直なんだね」
そうかな。自分では余りそう思わないけど。
首を傾げていると、守坂さんが真顔に戻って口を開く。
「ああ見えて春日は身内に甘いから、安心していいよ」
何をだ。
確かに春日さんの人柄には一抹の不安を覚えている。でも、親しい訳でもない守坂さんに言われるほどの不安は抱いていない。
「美波先輩のこと、知りたいんじゃないの?」
続けられた言葉にギョッとして身を乗り出す。
どうして、それを。
僕が驚いたのがお気に召したのか、守坂さんが鷹揚な笑顔を浮かべる。
「ちょっとした有名人だったからね。僕が知っている事なら教えてあげるけど」
「是非!」
その手を掴んで懇願すると、またもやクスクス笑い出す。
「いいよ。どんな事が知りたいの?」
「美波が自殺した理由を知ってますか」
持って回った言い方をしたところで時間の無駄だ。だから単刀直入にそう切り出したのだが、途端に守坂さんの顔が曇ってしまう。
「それは僕の口からは言えないんだ。遺書があった訳じゃないからね、どうしても憶測になってしまうんだよ」
頭が良くて可愛いだけじゃなくて思慮深いのだろう。守坂さんの言葉に僕は頷き、掴んでいた手を離す。
「でも、学校でどうだったのか少しなら俺にも分かるよ」
「どうでしたか」
「いつも笑顔で明るい人だったかな。あと面倒見が良かったよ。美波先輩がいるだけで場が落ち着くって言うか」
僕の知る美波と全く同じだ。だったら、どうして自殺なんてしたんだろう。
「でも、三年になってから少し困った事になってたみたいだよ」
「困った事?」
キョトンと首を傾げる僕を見て、守坂さんが苦笑を漏らす。
「君塚は好きな人いる?」
「いいえ?」
質問の意図が分からず、またもや正直に答えてしまう。
「だったら分からないかも知れないけど、片思いされてたらしいんだよ」
「それの何が困るんですか」
「まぁ、普通はそう思うよね。でも、学校にいる間ずっと一人の人物から見つめられたらどう?」
どう、って言われても。
見るのぐらい好きにしていいんじゃないかな。
だから素直にそう答えたのだが、守坂さんは呆れたとでも言うように肩を竦める。
「そりゃ何を見ようが、個人の勝手だよ。でも、見てるって行為を周囲に知られるのはどうかなって俺は思うよ」
「それで美波が冷やかされたとでも?」
「そんな可愛いものじゃない」
「え?」
「生徒同士なら冷やかされてからかわれて終わりだったろう。でも、そうじゃなかったんだよ」
「それって……相手は教師って事ですか」
信じられない。
いや、教師だって人間だとは分かっている。人を好きになる事もあるだろうし、その相手が生徒という事だってあるだろう。
だけど、教師と生徒ではどうしても問題が生じる。しかもお互いに好き合ってるなら兎も角、一方通行の片思いだ。
それを隠そうともせず、他の生徒たちがいる前で堂々と美波を見つめていたのだとしたら……確かに、困るとしか言いようがない。
「美波もそれを知ってたんですか?」
「当然だね。彼女は周囲をよく見てたから、自分を見つめて離れない視線にはすぐ気が付いたんじゃないかな」
「そうですか」
守坂さんの言葉に頷き返して考える。
美波は美人と呼んでも差し支えなかったと思う。それに気配りが出来て優しい。
だから、教師の一人が美波に恋愛感情を持ったとしても変な話ではない。
ただ問題は、その事が美波の自殺に関係があるのかどうか。
「美波はその先生と付き合ってたんですか」
「それはないよ。全く相手にしてなかったと言えるんじゃないかな」
だったら、関係ないだろう。
これで美波が殺されたとかだったら、真っ先に犯人として疑いが生じるが、何しろ自殺なのだ。付き合ってもいない、一方的に好かれていただけの教師が美波の死に関係ある筈がない。