生徒会2
緩くウェーブした黒い巻き毛と、その下から覗く黒い瞳。春日さんほどではないが、目力が強い。その目を少し細めて困ったように唇を曲げている。
「負けたか」
その唇から漏れた言葉に僕は首を傾げる。何に負けたと言うのだろう。
「そうか……ミス研に入ってしまったのか。春日の思うツボと言うのも悔しいが、考えようによっては予定通りとも言える。それに負けは負けだ、仕方ない」
そう言うと僕の手からコピーを受け取り机の引き出しを開けると、ファイルの中から何やら書類を取り出す。それにポンと判子を押して僕に渡して来る。
怪訝な顔をしたまま受け取ると、そこには『企画提出書』とあって、『ミステリーツアー』と書かれている。
「何ですか、これ」
「ミス研主催の企画書だ。本来ならこういう企画に許可は出せないのだが、相手はあの春日だからな」
「はぁ……」
まぁ、確かに。春日さん相手に真っ当な事を言っても無駄だと思う。あの人はどんな局面にあっても他人の許可など必要としないだろう。
でも、気の所為なのかも知れないけど、生徒会長の態度が何だか僕の所為で許可を出さざるを得なくなったって感じだったのはどうしてだろう。
「賭けをしてたんだよ。君がミス研に入るかどうか」
どうなっているんだ、この学校は。
生徒会長が賭けなんかしていいのか。しかもその内容が意味不明にも程がある。
「安全確認のため、生徒会も同行すると春日に言っておいてくれ」
「はぁ、」
釈然としないながらも、言い返すよりも逃げ出す方を選んだ僕は五十嵐さんに頷いて生徒会室を後にする。
廊下を歩きながら渡された企画書に目を通す。
どうやら空き家で謎解きごっこをするらしい。日時と場所に続いて参加要項が書かれている。参加資格は男子のみ、当日は午後六時に現地集合。動きやすい服装で参加する事。
そして最後に但し書き。そこで見聞きした事は何があっても口外しない事。
随分、おかしな企画だ。
元々が女子校なのだから生徒数は女子の方が多い。それなのに男子のみだなんて誰も来なかったらどうするつもりなんだろう。最後の口外するなってのも変だ。一体、何が起こると言うのか。
ミステリーと言うくらいだから何らかの仕掛けがあるのだと思う。でも、そもそもミス研は僕を除けば春日さんとユノさんの二人きり。か弱いとは言えないような二人だが、女の子だけでどうやって企画の準備をするつもりなのだろう。空き家の持ち主の了解は得たのだろうか。
首を傾げながら部室に戻ると、ソファに座ったまま春日さんが「ご苦労様」とねぎらってくれる。足を組んで軽く身体を斜めに倒した姿勢はまるで女王様のようだった。
「お疲れ、真澄ちゃん」
その声に振り返ると、ティーセットを持ったユノさんがニッコリと笑っている。こっちは不思議の国のアリスだ。だったら僕はさしずめトランプ兵と言ったところか。首を刎ねられないように気を付けよう。
「どうだった?」
その質問に企画書を出すと、それを受け取りながら春日さんが「五十嵐の事だよ」と言う。
「……まぁ、普通にカッコいいと思いますけど」
企画書の『許可』の文字に唇を吊り上げながら「けど?」と揚げ足を取って来る。
「コミュニケーションが成立するとは思えません」
そう答えるとユノさんを顔を見合わせて同時に爆笑する。
クスクスとかアハハとかは物足りない。二人とも身を捩って大爆笑している。春日さんに至ってはソファを叩いて笑い続けている。
「………んはぁっ、おかしい!」
笑い過ぎて酸欠でも起こしたのか、変な声を上げる。
「あの五十嵐が……もうっ!カッコつけなのに……ああ、想像付く!どうせ、真澄ちゃんの事を何でも知ってるみたいな事を言ったんでしょ」
目に涙を溜めて僕を見つめる。その通りなので返事は省略する。
「はいはい、笑ってお腹が空いた所でおやつにしようよ」
ユノさんが冷蔵庫を開けて何やら取り出す。見るとケーキが入ってそうな白い大きな箱だった。
「今日は真澄ちゃんの歓迎会と言う事で急遽、タルトを用意しました」
ジャーンと効果音を口に言いながら箱を上げる。デコレーションされたケーキのような華やかさはないが、上に乗ったオレンジが美味しそうだった。それにしてもこの短時間でどうやって調達したのだろう。
「でかした、ユノ」
春日さんが嬉しそうにユノさんを褒める。甘い物が好きなのか。やっぱり女の子だなと思いながら眺めていると、「それで?」と僕に話を振って来る。
「何がですか」
「五十嵐だよ、他に何か言ってなかった?」
「ああ、安全管理の為に同行するとかって」
「ふぅん」
さして興味がないのか、どうでも良さそうに相槌を返して来る。ユノさんが切り分けるタルトに意識が集中しているのかも知れない。そう思った途端、「やっぱりね、一枚噛んで来るか」と呟く。
「え?」
キョトンと聞き返すと、何でもないと言うように緩く首を振る。
そのあとは結局タルトを食べただけで解散となり、春日さんの言葉はうやむやのままになってしまった。