ゴスロリ襲来2
「え、ミステリ……?」
鸚鵡返しにポカンと呟く。
ミステリーってあれだ。人殺しの本だ。
僕だって何冊か読んだ事はあるけど、研究するほど好きって訳じゃない。しかも、そんな部活があるなんてこれまで聞いた事がない。
瞬きを繰り返していると、春日さんが「早く、コピー」と苛立った声を上げる。思わずそれに従い部屋を飛び出す。正気に戻ったのはコピーを取り終えて戻った所でだった。
なかった事にして貰おう。僕が入りたかったのはそんなマイナーな部活ではないんだから。
そこで入部届けを握りつぶしてしまえば良かったのだが、取りあえず説明しようと思った僕は浅はかだった。
どう説明しようかと考えながらカラカラと戸を開けた途端、目に飛び込んで来た光景に言葉を失う。
「ねぇ、聞いてシオン」
そう言いながら甘えるように春日さんに抱きついている人物がいた。いや、最初は人間だと思わなかった。人形が動いていると思ってギョッとしたのだ。
誰だってそう思うだろう。
何しろ、その人物は金髪の縦ロールに水色のワンピースを着用していた。しかも何て言うのか知らないが、中にレースとフリルの白いスカートを履いている。あとで知ったのだが、それはペチコートと言うらしい。頭にはワンピースと同じ素材で出来た大きなリボンを付けている。
幾ら自由な風校で、私服登校が認められているとは言え、これは流石に変だろう。
どう見てもカツラを被っているし、良く見ると目にカラーコンタクトを入れているらしい。どうして誰も注意しないんだ。
僕が呆然としている間に春日さんが先ほどと同じく素早い動きで入部届けを奪い取る。
「ご苦労さま」
そう言って原本をスカートのポケットに押し込み、コピーの方は僕に返してくれる。
「担任の先生には私が提出して置こう」
説明しようと思っていたのに、その機会すら奪われてしまった。口をパクパクさせていると、人形のような人物が僕を振り返り「ん?」と首を傾げる。
パチパチと音がしそうに長い睫毛を上下させ、ジッと見つめて来る。正面から見ると、美少女だ。恐らく化粧をしているのだろうが、元の造りが良くなかったらここまで似合う訳がない。
ただ、その視線からは剣呑な物を感じる。もしかして僕が見つめ過ぎた所為で怒ってるのだろうか。
ヒヤヒヤしながら、「あの、こちらは?」と春日さんに問い掛ける。
「うちの部員のユノだよ」
部員……って事は春日さんが部長なのか。何となく、それだけで僕は逃げ道を塞がれたような気がしてしまう。
「ユノ、新入部員の君塚くんだ」
そう春日さんに紹介され頭を下げようとした途端、「あっ!」と大声を上げられてビビる。
「一年の君塚真澄くんだ!」
フルネームで呼ばれた。
その事に少し面食らうものの、立ち上がったユノさんがピョンピョン跳ねながら近づいて来るので早くも逃げ腰になってしまう。
「おぉ、これが噂の……うんうん、成る程ぉ」
何か良く分からないけど感心されてる。
ユノさんはコクコク頷きながら息が掛かるほど近くまで僕に顔を寄せている。流石に女の子、しかもメチャクチャ可愛い人にそんな事されたら恥ずかしくなる。顔が赤くなるのを押さえきれず後ろに下がる。
「ユノ、真澄ちゃんが怯えてる」
ユノさんの後ろから春日さんが襟を掴んで引き寄せる。
それにホッとするけど、「ちゃん」付けが定着してしまったのかと意味もなく落胆してしまう。
「だってぇ」
甘えるようにシナを作ったユノさんが懲りずに僕を見つめる。
「君塚真澄くんと言えば、五十嵐がぞっこんラブな一年生でしょー?」
何だろう、死語が聞こえたような気がする。ぞっこん……しかもラブ……って。
ユノさんの言葉に春日さんが意地の悪い笑い方をする。僕の顔つきが可笑しかったのだろうか。
「そうそう、あの五十嵐がね」
あの、と言う所にアクセントを置く。そんな事を言われても僕には何の事だかさっぱり分からない。
五十嵐って、生徒会長の五十嵐さんだろうか。
でも、ぞっこんって言われてもこれまで口をきいた事もないんだけど。
怪訝な顔をする僕にユノさんが「これなら分かるー」と嬉しそうな声を上げる。
「だって可愛いもん」
いやいや、可愛いのはあなたの方ですよ。そう心の中で返しながら、僕はひたすら疲れていた。
そんな僕に春日さんが追い打ちを掛ける。
「んじゃ、真澄ちゃんにはコピーを持って生徒会室に行って貰おうかな」
「どうしてですか」
「部費のお願いをしないとね」
そう言って説明されたのは、ミステリ研究会は部活として認められていないと言う事だった。何でも部員三名以上でないと認められないらしい。僕が入った事で部員が三人になったのだから部活として認め、その上で部費を出せと言う事らしかった。
それなりに納得しそうになるが、ちょっと待てと思う。
たった三人のミステリ研究会。うち一人は僕なので、残る二人は春日さんとユノさんと言う事になる。僕が入りたかった部活は上級生の女子が沢山いる所であって、綺麗なだけの変人がたむろするマイナーな部活ではない。断じて違う。
それにそもそもそういう交渉は部長である春日さんがするべきなんじゃないのか。
僕の視線から何を言いたいのか読み取ったのだろう、春日さんが笑顔を崩さず言葉を続ける。
「私が行くより真澄ちゃんが行った方が面白いからね」