ゴスロリ襲来1
訳も分からず、手を引かれるまま連れて来られたのは特別教室の並ぶ三階、その一室。
入学してまだ間がないので、何の教室だか分からない。それでも中に入った瞬間、朧げに理解する。
教室ではなく準備室か何かなのだろう。
そう思った要因は、一つ目に黒板が見当たらない事、二つ目は教室にしてはやけに狭い事だった。
普通の教室の三分の一程度の広さしかない。畳がある訳ではないからよく分からないけど八畳ぐらいといったところか。
でも分かったのはそれだけだった。
窓際に置かれた革張りのソファ、それと並んで冷蔵庫。
教室にしろ準備室にしろ、その二つの存在は奇異だった。
春日さんは僕の手を離すと迷う様子もなく冷蔵庫を開けて中からペットボトルを取り出す。一口飲んで顔を顰める。どうしたのだろうかと手元を覗き込むと炭酸飲料のようだった。
「気が抜けてる……」
恨めしそうに呟き、それをまた冷蔵庫に戻す。そんなに不味いなら冷蔵庫に戻す必要などないように思うのだが、僕は部外者なので何も言わないで置く。と、言うか本能的な危機回避能力が働いただけだ。
「何にしても会えて良かったよ」
そう言って仰け反るようにしてソファに腰掛ける。高々と足を組むのでスカートの中まで見えそうだ。そこでも矢張り僕は本能の命じるまま目を逸らす。
そっぽを向いた僕を気にした様子もなく、春日さんは言葉を続ける。
「君を探してたんだ」
そんな事を言われても、僕にとって春日さんは初対面の相手でしかない。良かったなどと言われる心当たりは皆無だった。
「部活はもう決めたのかな?」
組んだ膝の上で頬杖をつくとニヤリと笑う。
何度も言うが、春日さんは美人なのだ。それなのに誰がどう見てもその笑顔は悪そうだ。天は二物を与えず。神様はきっと春日さんの頭の中から『女らしい』という概念を根こそぎ消し去ってしまったに違いない。
「いえ、まだですけど」
逃げ出したい一心で正直に答える。嘘なんかついたところですぐバレるだろうし、そうなったらそうなったで後が恐ろしい。屋上で見た三年生の末路を思い出して身震いする。
「そいつは重畳。運がいい」
片手で髪をかきあげ、そのままソファの横に置いてある箱を掴む。 春日さんの動きより一拍遅れてサラリと流れる黒髪に意識を奪われてしまう。それぐらい綺麗な髪なのだ。生まれつきと言うのもあるのだろうが、手入れに余念がないのだろう。毛先まで艶々だ。
「ここに署名と学年とクラス」
そう言って僕に差し出して来た紙切れには「入部届け」と書かれている。但し全てが空欄だ。
春日さんが有無を言わせぬ様子なのが恐ろしい。黒い瞳はまっすぐ僕に向けられ、しかも目力が半端ない。断ったらボコボコにされそうだ。霊感商法に引っ掛かる人も案外こういう心境なのかも知れない。胡散臭いって分かってるのに、契約書にサインしてしまうのは恐怖の所為だ。
受け取って名前と学年、クラスを書き込む。ここまでならまだ大丈夫。
そう思ったのは肝心の希望する部活名が入ってなかったからだ。
書き終えた僕の手から春日さんが入部届けを素早く引ったくり、ついでにペンも奪って行く。そしてサラサラッと何やら書き込む。その時になって、物凄く厭な予感がしたけど手遅れだった。
「コピー取って来て」と返された紙は全ての項目が埋まっていたのだ。
何の為に部活選びで悩んだと思ってるんだ。これじゃ詐欺だ。
唖然として見つめる僕に、春日さんがここに来て始めてニコリと花のような笑顔を見せる。
「ようこそ、ミステリ研究会へ」