変人ばかり2
どうしたものか。
思案していると、「ふぁーはっはっ」とふざけた笑い声がする。
それに驚いたのは僕だけではなかったらしく、その場にいる全員がギョッとしたように辺りを見回す。
キョロキョロと左右を見回す連中を嘲笑うように「ここだ、ここ」と頭上から声がする。
逆光になってよく見えないが、どうやら女の子らしい。
腰まである真っすぐな髪を風に靡かせて腕組みして立っている。給水塔の横に。
どうやってそこまで登ったの。
僕としては当然の疑問だったのだが、目の前にいる上級生はそう思わなかったらしい。
慌てたように僕から離れ、謎の女子を見上げる。
「な……まさか春日か?」
その声に答えるようにして、ジャンプしたその人物が音もなく僕の隣に立つ。
運動神経いいな。
思わず感心していると、デニムスカートにパーカーというラフな服装をしたその人が「おやおや」と戯けるように肩を竦める。
傍に来た事で漸く顔が見えたのだが、そういう仕草が似合わない人だった。
何しろ美人だ。
恐らく生徒だとは思うのだが、芸能人など足元にも及ばないほど美しい顔立ちをしている。
サラサラと風に流れる黒い髪、白い肌、赤い唇。
それなのに口元にはニマニマと意地悪そうな笑みを張りつけ、芝居がかった仕草で肩を竦めているのだ。そのギャップに我が目を疑いたくなる。結論から言うと、何だか物凄く残念な人だった。
「誰かと思ったら転校生、名前は何だっけ?」
「綿井だ、同じクラスだろうが」
忌々しそうに名乗る上級生を無視して、春日と呼ばれた美人が僕を見る。
「君の名前は知ってるよ。君塚真澄くんだ」
どうだ、当たりだろう?
僕にそう詰め寄って来ると何故か嬉しそうに笑う。
当たりだ。当たってるけど、状況をよく見てくれ。
僕はこれから袋だたきに合いそうなんだよ。どうでもいいから助けを呼んでくれ。
「怯えてるね。助けが欲しいかい?」
白い指先に頬を撫でられて頷く。
その仕草にドキッとするものの、現実はそれどころではない。
三対一だ。オマケに僕は喧嘩なんてした事がないし体格からして相手とは差があり過ぎる。
コクコク頷く僕を見て「よっしゃ、任せろ」と言う。
この際、残念としか言いようのない口調はどうでもいい。どうやら助けを呼んで来てくれるらしい。
それにホッとしたのも束の間、何故か春日さんが上級生の綿井さんに向き直る。
「私が相手してやる」
「え」
素っ頓狂な声を上げたのは僕だ。
だって、どう見ても春日さんは女性で美人なのだ。いや、美人は関係ないか。
何にしろ喧嘩慣れしているとは到底思えない。
「はぁ?」
僕と同じ考えだったらしい綿井さんが馬鹿にするような声を上げる。だが、その時には既に春日さんは間合いを詰めて、綿井さんの顎を掴むとそこに膝を叩き込んでいた。
「げ!」
えげつない。
不意打ちとは言え、余りにもえげつない攻撃だ。何なの、この人。無茶苦茶だ。
僕の所にまでミシッと骨の鳴る音が聞こえたぐらいだ。大丈夫なのかな。
思わず敵の心配をしていると、仰向けに倒れた綿井さんを踏みつけ春日さんが腰に手を当てる。
「私の名前を知っていたのに突っかかって来るなんて馬鹿だねー」
いえいえ、突っかかってったのは春日さんであって綿井さんではありません。
そう心の中でツッコミを入れるが、声に出せる筈がない。何をされるか分からない。
「さぁて、ごめんなさいして貰おうかなー」
綿井さんの鳩尾に靴の先をめり込ませながら笑顔で言う。悪魔か。
「暴力振るってごめんなさい、もう二度としませぇんって。血が出るまで地面におでこ擦り付けて土下座して貰おうか」
暴力振るったのはアンタだろ。
しかも血が出るまで土下座って……鬼かあんたは。
「あの、もういいんで……」
春日さんの腕に縋ってそう言うと、キョトンとした顔で首を傾げる。
え、もしかして僕の存在を忘れてた?
だったら何の為に綿井さんをのしたんだ、この人。
「んー、まぁ……真澄ちゃんがそう言うなら」
何故に『ちゃん』呼び。
だけど事を穏便に済ませたいので突っ込まない。いや、突っ込んだら負けだ。
「お前らの先輩だろ、ちゃんと回収して行けよ」
そう言って唖然としている一年生を見る。
逆らえないと思ったのか、怖々と言った様子で綿井さんの腕をそれぞれが掴み引きずって行く。
服が汚れそうだとか階段はどうするのだろうかと考えてしまうが、屋上に春日さんと二人取り残された事に気付いて顔から血の気が引く。
「ありがとうございました。じゃ、これで……」
顔が強張ってカタコトになってしまったが、お礼は言えた。それにホッとしてそそくさと逃げ出そうとするのに、春日さんの手が僕の腕を掴んで離さない。
「待って待って。お礼なら口先だけじゃなくて態度でも示してもらわないと」
態度……まさか僕にも土下座を要求しているのだろうか。それで無事に解放されるなら構わないけど、それは僕の希望でしかない。土下座の次はパシリかカツアゲが常套だろう。だけど、僕はどっちもお断りしたい。どうしよう。
「ここじゃなんだし、お姉さんがいい所に連れてってあげよう」
そう言って、顔立ちに似合った綺麗な笑みを浮かべる。それに呑まれた訳ではないけど、何となく頷き返してしまう。