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ハートの女王と赤い薔薇

 「どうして今だったんですか。春日さんはもっと前から坂田先生だって分かってたんでしょう?」


 そう言うと、春日さんが戯けるように肩を竦める。まるで面倒くさいと言われたようだ。

 本当は、僕だってわざわざ質問しなくても答えは分かっている。でも、本人の口から聞きたかった。


 美波が死んで、この人が何もしなかったとは思えない。

 同じ学校に通っていた春日さんは、僕よりも美波に近い所にいたのだろう。その証拠に美波の両親は春日さんたちに相談していた。

 だから、その死を知った春日さんが黙って傍観していた筈がないのだ。

 事の顛末を調べ、とっくに『犯人』に気付いていたのだ。そうでなかったら坂田先生が友達に送ったメールを入手していた筈がない。


 だったら、もっと早く。

 真相が分かったその時に。


 坂田先生にその事を問い質していたら。

 美波を殺した犯人として坂田は逮捕されていた筈なのだ。それが無理でも、美波に乱暴したのは事実なのだ。


 「詩音はね、真澄ちゃんが心配だったんだよ」


 そう口を挟んだのはユノさん。

 困ったように眉を寄せて僕を見つめている。


 「坂田のした事が許せないってのはここにいる全員がそう思ってるよ。でも、それを公にしてたらどうなってたか分かるよね?」


 どうなっていた……?

 美波の子供、その子が出来た経緯が明らかになっていただろう。それはつまり美波が坂田に乱暴された事までが暴露されてしまうのだ。

 美波にとって、それが不本意だったと言うのは考えるまでもない。

 何故だか知らないけど、襲われた方が恥だと思うのだ。この社会は。

 春日さんは美波の名誉を守る為に今まで黙っていたと言うのか。だったら、どうしてこのタイミングで。


 「君塚真澄と言う一年生は三年の間でも有名だった」


 これまでの沈黙を破るようにして春日さんが口を開く。その顔は寒々しいほどの無表情で何を考えているのかさっぱり分からない。


 「女子の多い学校だから元から新入生男子は注目されやすい。でも、その中でも君塚真澄と言う一年生はダントツで有名だった。本人の外見も理由の一つだ。整った容姿、気弱そうな目元、それに母性本能をくすぐられる女子は大勢いた。でも、美波先輩を知る人間にとって君塚真澄は大事な先輩のイトコだと言う点で有名だった」

 「え……みんな知ってたんですか?」

 「美波先輩は面倒見が良かったから三年の、特に女子は全員が知っていたと思う」


 そう言って僕を真っすぐに見据える。


 「そんな君塚真澄が女子の多い部活ばかりを見学している。その理由にピンと来たのは私だけじゃないだろう」


 うわぁ……自分の行動がそこまで筒抜けだったなんて恥ずかしい。

 僕はただ美波が死んでしまって、ポッカリ空いた穴を埋めたかった。その為には美波の身に何があって死んでしまったのか、それを知る必要があると思っただけだ。


 「気の済むようにさせよう、そう思ったけどそういう訳にも行かなくなった。何故なら君塚真澄が文芸部に入ろうとしたからだ」

 「いえ、別に文芸部に入ろうだなんて思ってませんでしたけど……」


 そりゃ美波の事を聞く為に部活選びをしてたんだから、お喋り好きな女子が多い文芸部はうってつけだったとも言える。でも、テレビや漫画、コスメの話で盛り上がれるほど僕は器用じゃない。どう考えても僕に女子と仲良く出来るスキルがあるとは思えない。


 「本人の意思は関係ない。坂田は文芸部に入れるつもりだったんだろうから」

 「え?」

 「目の届く所に置いて監視するつもりだったんだろう。そうなったら何を吹き込まれるか分かったものじゃない。だから、ユノに頼んで綿井を唆した」


 え、ここでどうして夜遊びしまくってる人の名前が出て来るんだろう。

 でも、考えてみたら綿井さんに呼ばれて屋上に行ってなかったら僕は春日さんと出会う事はなかったし、ミス研に入る事もなかったのだ。

 やっぱり仕組まれていたのか。


 「じゃ、どうして最後になって僕を帰らせようとしたんですか」


 ミステリーツアーでの僕の役割は参加者の案内だけ。

 五十嵐さんがいなかったら僕は何も知らないまま、訳の分からない行事に参加させられたと不満を零しながら家に帰った筈なのだ。

 春日さんは美波と仲が良かったのに、どうして僕をのけ者にしようとしたんだ。


 「知らない方がいい事もある」


 その言葉にハッとする。

 春日さんがしおちゃんだったのだから、僕が美波に懐いていたのを知っているのだ。そんな僕に美波が乱暴された事を隠したいと思ったんじゃないだろうか。


 「それに関しては私の一存だった」


 五十嵐さんがそう言う。


 「春日は君塚に何も知らせないまま坂田を排除する方法を選んだ。だが、それが本当に君塚の為なのかどうか疑問に思ったんだ。春日は君塚が傷つかない事を優先させたが、何も知らないまま事の原因だった坂田が消えた後も真相を探し続けるのが最良とは思えなかった。何より君塚は知る権利があると思った」


 だから僕が残れるように帽子屋を演じてお茶会を開いたのか、この人は。

 そう広くない部室にいる全員を見回す。

 無表情にしている春日さん、その傍でソワソワしているユノさん。ジッと僕を見つめる五十嵐さん。

 僕は少なくともこの三人に心配を掛けていたのか。

 高校生にもなって何をしているんだろう。


 「分かりました」


 ガックリと溜め息をついて口を開く。

 それに春日さんが怪訝そうに眉を寄せる。

 この人は……美人だと言うのに自覚がないのか、構わない性格なのか。

 そう呆れながら言葉を続ける。


 「坂田がした事を通報出来ないのは残念ですが、本人はそれなりの報いを受けたようなのでもう何も言いません。美波の両親も娘に何があったのか公になるよりは、それを望んでいたと思います。何より、僕の気持ちに整理が付きました。皆さんのおかげです、ありがとうございます」


 言い終わると同時に頭を下げる。

 春日さんが思ったように、何も知らずモヤモヤしたまま過ごしたとしても僕にはそれを知る手段はなかっただろう。でも、そうならなかった。

 全てを知った今、坂田を許せないという気持ちは確かにある。

 だからってまだ復讐してやりたいかと言われるとそういう訳でもない。何故なら春日さんが代わりにやってくれたから。

 何より美波の死をちゃんと受け入れる事が出来たと言う気持ちの方が大きい。これまで否定していた訳ではないけれど、何も知らなかった時に比べて気持ちの整理が出来ていると思う。だから、頭を下げたのに春日さんは何とも言えない複雑そうな顔をしている。


 「何ですか?」


 どうしてそんな顔をされるのか訳が分からず問い掛ける。すると、やられたとでも言うように溜め息を零す。


 「気が弱いなんて嘘じゃん」

 「それは周囲が勝手にそう思ってるだけですよ」


 あと、そう思わせて置いたら楽だからってのは言わないで置く。

 僕だってそれぐらいの腹黒さはある。

 ニコッと微笑んで見せると、ユノさんがパンパンと手を叩く。


 「じゃ、改めて。詩音に仕切って貰いましょうかー」


 何を?

 僕はもう目的を果たしたんだから部活なんて入る気はない。帰宅部で自由気侭な高校生活を送りたい。

 でも、ユノさんに促されて春日さんが悪い笑みを浮かべているのを見て諦める。


 「ミス研にようこそ」


 そう言われ、僕に許された動作は小さく頷く事だけだ。

 赤の女王に逆らえば、首を刎ねられてしまうのだから。

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