ハートの女王と赤い薔薇4
振り返ると、春日さんが冷ややかにこちらを見ていた。
皆、その場で硬直してただ只管そんな春日さんを見る。
「バカ二人、それにボケが一人」
「誰がバカで、誰がボケなの?」
めげない。この言葉はユノさんの為にあるのだろうか。
「バカは……」
ユノさんを見てそれから五十嵐さんに視線を移す。
「え?私かぁ、参ったなこりゃ」
照れたようにユノさんがテヘヘと鼻を掻いて笑う。何故だ。
「バカってのは気に入らないが、確かに一人惚けているのがいるな」
五十嵐さんがそんなユノさんを無視して僕に目を向ける。
ボケって言われても、何が何だか分からないんだから混乱するのは当たり前だと思う。
春日さんは僕の視線を鬱陶しそうに手で軽く振払うとついでに五十嵐さんを追い払い、定位置のソファに腰掛ける。
「で?」
僕にではなくユノさんに話を促す。
「私はこの週末、眠る間もない程に忙しかったから今日は久し振りにゆっくりできると思ってたんだけど、何の用かな?」
「えへ、ごめんね。でも気になるじゃなぁい?」
全く『悪い』なんて思ってない口調でユノさんが言う。ユノさん以外の人物だったら即座にあの世行きだ。
「坂田、どうなったの?」
ユノさんがあどけない表情でそう訊ねると春日さんはハッと鼻先で笑ってソファに仰け反る。
「どっかで野垂れ死にでもしたんだろ」
「それって春日さんが……」
一介の高校生が、教師を始末……って、まさかね。
「私は別に何もしてない」
僕の顔色を読んだのか春日さんが全く抑揚のない声で続ける。
「服部から来たメールを坂田の実家と大学の同級生に一斉転送しただけだ。もちろん、坂田本人にも同じように送ったけどね」
鬱陶しそうに長い髪をかきあげる。
それはつまり……親兄弟だけでなく知り合い全員が坂田の悪事を知ったと言う事だ。いつ通報されるかも分からず、頼れる相手もなく、坂田は逃げ出すより他になかったのだろう。
ユノさんは春日さんの言葉に困ったように僕を見て、それから更に困ったように五十嵐さんを見る。
その視線を受けて五十嵐さんが口を開く。
「春日、脅すような物言いをするな。ここにはいたいけな子供が二人もいるんだから」
「へえ、どこに?」
ユノさんが手を上げて小さく跳ねる。
それに春日さんは諦めたように額に手を当てて目を閉じてしまう。
「あの、」
今、訊かなかったらきっとチャンスはない。
そう判断したから思いきって言葉を発してみたものの、三人の視線をまともに浴びて途端に焦る。
「どういう事なんですか、皆さんは美波を……その、知ってたんですか?あの話は本当なんですか?」
順序立てて聞こうと思っていたのに必死で紡いだのはこの程度。
春日さんは今日始めて見る優しい顔つきで暫く僕を見つめる。
その澄んだ目を見つめ返す内に何だか胸が痛くなって泣きたくなってしまう。
「小さい頃から彼女には世話になっていた。当然、ユノと五十嵐も彼女とは面識があった」
「え、」
「覚えてないか?何度か一緒に遊んだよ。君は掴み所のないちょっと風変わりな子だったな。ただ、美波先輩は心配していた。友達が少ないんじゃないかって。まぁ、毎週遊びに来てたから美波先輩に依存してるのかなとは思ってたよ」
やっぱり、『あの』美波の事なのだ。
優しくておとなしくていつも微かに頬笑んでいた。
思い出す美波は、いつも笑顔で。
だからこそ、そんな酷い目に会ったなんて俄には信じられなかった。
美波の事を家で話してはいけなくなった。
だから美波と同じ道を辿って、彼女に何があったのか知ろうと思った。
それが、あんなヒドイ出来事だったなんて。
僕が子供だから両親は言えなかったのだ、きっと。
こんな事なら知らなければ良かった。でも、知りたいと思ったのは僕なのだ。
「だから真澄ちゃんを裁判に立ち会わせるつもりはなかった。辛かっただろう、済まなかったね」
ふわ、と果敢な気に春日さんが微笑む。
やっぱりこの人って綺麗だな、と場違いな事を思ってしまう。それと同時に、デジャヴュに襲われる。この笑顔をどこかで見た事があると思った。
「あ……しおちゃん?」
幼い頃の記憶と一致する。
お菓子を貰ってニッコリと微笑む小さな女の子。大人しくて無口で、誰とも仲良くならなかった双子の一人。
「覚えてたか」
そう言って肩を竦めるところを見ると、矢張り春日さんはエキセントリックなしおちゃんと同一人物らしい。
え、全然違うし。
中学高校と、どんな経験を積んだらここまで変われるんだ。神秘的な美少女だったしおちゃんがこんな残念美人になってるなんて……何と言うか勿体ない気がする。
だけど、しおちゃんの隣にはいつもかのちゃんがいた。もしかして、かのちゃんもそういう変化を遂げてしまったのだろうか。
「あの、かのちゃんは……?」
そう訊ねると、春日さんはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
「高校生にもなってベッタリな訳ないだろ」
「はぁ……」
「両親が離婚して、今は離れて暮らしてるよ」
そうだったのか。じゃ、それが劇的ビフォーアフターの理由はかのちゃんと離れたからかも知れない。そう思いたい。
溜め息をついて気分を入れ替える。
「美波は自殺したって聞いたんですけど、春日さんは坂田先生が殺したって言いましたよね。どっちが本当なんですか」
「どっちも本当だよ」
そう言って鬱陶しそうに髪を掻き上げる。
「美波先輩の遺体が発見された時、玄関は鍵が掛かっていたし窓も内側から施錠されていた。しかも、凶器と思われるナイフには美波先輩の指紋しか付いていなかった」
「じゃ、自殺なんじゃ……」
「坂田は結婚を申込に行ったと言ってただろ。あれが本当だと思うか?」
「え?」
「美波先輩の腹にいる子供の始末をしに行ったのかも知れない。それで揉み合いになり、美波先輩が誤って自分のお腹を刺した。それに驚いた坂田は後先考えずに現場から逃走、必死だった美波先輩は再度の襲撃を阻止しようとして鍵を掛け、そこで息絶えた。そう考えても矛盾はない」
「坂田先生が嘘をついてたって事ですか」
何だか酷く疲れたような気がして、ガックリと溜め息をつく。
そんな僕を見兼ねたのか、春日さんが「想像だよ」と言う。
「あの日、あそこで何があったのか、美波先輩が死んでしまった今となっては坂田しか知らない。そして坂田は下衆で狡猾だ。土壇場まで嘘をついたとしても不思議じゃないね」
吐き捨てるようにそう呟く春日さんをつくづくと見つめる。
「あの、もう一つ聞いていいですか」
春日さんがそれに片方の眉を上げる。




