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ハートの女王と赤い薔薇2

 先生の様子に、小さく溜め息をついた春日さんが続ける。


 「バレない、そう思ったのでしょう?」


 その言葉に確信する。先生は狂っていなかったのだ。


 当たり前だ。錯乱して美波とその子供を殺した筈なのに、普段通り学校に来て授業をこなしていたのだから、狂っている筈がない。

 この期に及んで、先生はまだ言い逃れしようとしているんだ。

 子供を助けようと思った。そう言えば同情されると思って、自分にもそう言い聞かせて、この人は日常へと逃げたんだ。


 そうだとしたら責任取って結婚を申込んだって言うのも、どこまで本当なのか怪しくなる。

 最初から美波を殺すつもりで家にやって来たのかも知れないんだ。

 何て幼稚で身勝手なんだ。欲望のまま生徒を犯し、それを隠蔽しようとして殺した。

 これじゃ美波が余りにも可哀想だ。


 「書記、」


 呼ばれて服部さんが顔を上げる。


 「全て書き取ったか?」

 「当然、」


 言いながら小さなメモ帳を広げて見せる。

 呆れた。こんなに暗いのに良くもまあっ、てなぐらい細かい字でビッシリ何やら書込まれていた。


 「死んだ方がマシ、そう思わせてやる」


 そう呟いた春日さんの声には悔しさが滲んでいて、僕にはもうそれを止める事が出来ない。


 美波が死んで、その喪失感に苦しんでいたのは僕だけじゃない。春日さんも五十嵐さんも、きっとこの場にいる全員の共通した思いなのだ。

 春日さんに突き飛ばされた先生が慌てたようにドアへと走る。その背中に向かって春日さんが冷ややかな声を投げる。


 「逃げるならお好きなように。でも、私から逃げ切れるなんて思わないで下さいね。先生を地獄に落としてやりますから」


 バタン、と。乱暴に閉められたドアを見つめていた春日さんが服部さんを振り返り言う。


 「今夜中にそれを清書して私のアドレスまで送ってくれ」


 服部さんがそれに敬礼して答える。


 「ウサギ、アリスを家まで送って」

 「女王様は?」

 「帽子屋と一緒に後片付けして行く。一枚噛んで来たんだ。それ位は帽子屋も手伝ってくれるだろう」


 始めに服部さんが、その後を終始無言だった大森さんが追い掛ける。守坂さんは春日さんにチラリと目配せして、ゆっくりとドアに向かう。

 それを見送っていると、ユノさんが僕の手を掴んで来る。

 引かれるまま、訳が分からず呆然としたまま歩く。春日さんには聞きたい事が沢山ある。


 美波とはどんな関係だったのか、どうやって先生のメールを手に入れたのか。どうして今だったのか。

 そして、美波の事も。

 僕が知っている美波と先生が話した美波。どう考えても同一人物とは思えない。

 優しくていつもフワフワと微笑んでいた年上の女の子。殺す為に子供を生むと言うような人ではなかった。そんな酷い事を考えつくような人じゃない。

 

 「蕾の時は可憐なだけでも、開いたらそれは苛烈なまでの赤色だったろうね」

 「え?」

 

 唐突に聞こえて来た声に振り返ろうとしたら、綿井さんが僕の視線を塞ぐように立っていた。


 「行こうぜ、カワイ子ちゃん達」


 軽薄そうなウィンクと一緒にそう言う。この場の緊張が一気に緩んでしまった。押しのける気力もなく、引かれるままに館を後にするしかなかった。

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