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ハートの女王と赤い薔薇1

 「証拠はあるのか」


 小刻みに震えながら先生が絞り出すようにそう言う。

 春日さんはその言葉に肩を竦めるだけで何も返さない。それに自信を深めたのか、先生が顔を上げて続ける。


 「お前たちは何の証拠もなく憶測だけで犯人を決めつけて……問題にするからな、覚えてろ」


 それに思わず眉をひそめてしまう。

 普段は穏和な印象の先生なのだ。それなのにこんな台詞を口にするなんて、まるで身に覚えがあると言っているようなものだ。

 でも、本人はそう思わないのか、勝ち誇ったように春日さんを睨みつけている。


 「ええ、もちろん。停学でも退学でもお好きなように処分すればいいでしょう。但し、ここから無事に帰れたら、の話ですが」


 そう言って赤い唇をニッと吊り上げ笑う。


 「美波先輩は確かに自殺だったのでしょう。ですが、その子供が本当に事故死だったのかどうか、今となっては分かりません。そもそも妊婦の腹から胎児を引きずり出すなんて、どんな事故だと言うんですか。それをしたのは先生、あなたです」


 コツコツとヒールを鳴らして歩き出す。


 「成る程、あなたは法を犯したと言えないのかも知れません。証人も証拠もなく、先生を起訴する被害者もいない」


 コツンと、先生の前で立ち止まり、その顔を覗き込む。


 「でも、起こった事実は消せませんし、ここは司法の場ではありません」


 ニッコリと嬉しそうに微笑む。

 綺麗なだけで空っぽなその笑顔にゾッと背筋が冷える。

 そう思ったのは僕だけじゃないらしく、誰かがゴクッと喉を鳴らす音が聞こえる。


 「ここはハートの女王の裁判。裁きを下すのは女王である私」


 低い声で呟かれた言葉。それが合図だったのか、ユノさんが何やら取り出して春日さんに手渡す。

 細長い棒のような物だ。目を凝らすと、それが乗馬用の鞭だと分かる。


 「貴方が私の薔薇を枯らせた」


 そう断言すると春日さんの手許でヒュッと風を切る音がする。続いて破裂音。

 咄嗟に手で避けようとしたのか、先生が悲鳴を上げる。それを無視して、再び鞭を振り上げる。


 誰も止められなかった。否、止めようともしていなかった。

 春日さんは何度も鞭を振い、坂田先生は顔を押さえてその場に蹲る。それでも容赦せずに振り下ろし、訳の分からない悲鳴と鞭のしなる音に室内は包まれる。


 「春日さん!」


 溜まらず僕は五十嵐さんの手を振払い春日さんの手に縋り付く。

 春日さんは僕を哀れむように見て溜め息をこぼす。


 「さて、何があったのか話して頂きましょうか」


 片手で鞭を撓らせ、ヒュンと鳴らす。それに痛みが蘇ったのか先生がビクリと身体を振るわせる。


 「あの女……子供が出来たって、だから俺は話をしようと思って」


 ポツポツと語り出したのは自分が犯した罪だった。


 「堕胎させようと思ったんですか」

 「違う!」


 春日さんの質問に大声で否定する。


 「俺は責任を取ろうと思ったんだ。噂に振り回された訳じゃない。本当に……ずっと彼女が好きだった。だから、あの日、家族が留守だって言ってたのを聞いて居ても立ってもいられなくて……」

 「犯しに行った、と?」


 何で。

 好きならどうして自分の気持ちをちゃんと伝えないんだ。どうして、自分の欲望を相手に押し付けるんだ!


 「そうですか。それで、子供が出来たと知って先生はどうしたんですか」

 「結婚しようって言った……そしたら、あの女……」


 グゥッと喉を鳴らして、先生が身体を折り曲げる。


 「笑ったんだ。俺を見てバカにしたように、清々したように大笑いしやがった!」



__先生が犯人だったのね。心配しなくても大丈夫ですよ、生まれた子供は私が殺してあげますから。



 そう言って美波は笑ったのだと言う。


 「俺を許さないと、俺の遺伝子を持つ子供なんか欲しくないと、だから腹の中にそれがあるのは虫唾が走るほど気持ち悪い、でも、殺す為に生んでやるって……!」



__先生と結婚?ふざけないで。どうして自分を力づくで犯した男と添い遂げなきゃいけないの。

__別に訴えるつもりはないから安心して下さいね。でも、子供を殺したら次は先生、あなたよ。



 「本気だと思った。俺の子を殺して、次は俺を殺しに来ると思った。だから!!」


 「だから美波先輩を殺したんですか」

 「え」


 春日さんの言葉に呼吸すら忘れて呆然とする。

 美波は自殺だったんじゃないのか。お腹の子供を殺して狂ったと……でも、先生が子供を殺した。そもそも、今の話が本当なら美波が狂ってしまう理由などないのだ。


 「先輩の死体はお腹が切り裂かれてました」

 「俺はただ……自分の子を守ろうと思って、」


 狂ってるのか。そんな事をして胎児が無事で済む筈ないだろうに。


 「そして子供は死に、先輩も出血多量によるショックで死んでしまいました」

 「違う。俺が殺したんじゃない!本当だ、俺は子供を助けようとしたんだ!」


 「だったら、どうして胎児の死体をその場に放置したんですか。助けようとしたのならすぐに救急車を呼ぶなり病院に駆け込むなりするのが普通でしょう。でも、あなたは血だらけの胎児と先輩をその場に置き去りにして逃げた。その理由は?」


 春日さんの質問に対する答えはない。


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