女王の裁判1
普段よりも大人っぽい服装をした春日さんを見て、誰かが小さく口笛を吹いた。
それを気にした素振りもなく、春日さんは長い睫毛の下からユノさんを見つめる。
「さて、白ウサギ?」
その声にユノさんがテコテコと中央まで歩く。ポケットからルーズリーフらしき物を取り出して、誰に向けてか分からない角度に顔を向ける。
「はい、今回の裁判は誰が……女王様の薔薇を枯らしたのか、であります」
つっかえつっかえユノさんが読み上げる。
春日さんがそれに鷹揚に頷く。
「女王様一番のお気に入りの美しい薔薇の花びらを毟り、枯らせた犯人がこの中におります。今回は公平を期す為に本件とは無関係であるアリスも同席させております。宜しかったでしょうか?」
ユノさんの言葉に春日さんは僕を見て仕方がないとばかりに渋々と頷いてみせる。
それにホッとした様子でユノさんが続けて言う。
「薔薇はその華美な外見とは裏腹に奥ゆかしく可憐でした。誰もが薔薇を敬愛し、憧憬を抱きました。なのに、花が開き切るその前に無惨にも枯らした犯人に情状酌量の余地はありません。女王様、吟味の程を」
今度はスラスラと言って、恭しくお辞儀する。
外見もさる事ながら、仕草も絵本に出て来る登場人物のようだ。
そんなユノさんに満足したように春日さんが赤い唇を歪めて笑う。
「罪状はウサギの言った通り。しかし、私とて横暴ではないのだから犯人にも反省する時間を与えましょう。今この場で潔く名乗り出るなら極刑に処さないと約束しましょう」
そう言うと参加者を感情の窺えぬ目で見回す。
ミステリーツアーだった筈なのに裁判になっている。だけど、それを指摘する人は誰もいない。みんな雰囲気に飲まれてしまったのか、呆然と立ち尽くしている。
その隙にユノさんが僕の手を取って壁際の椅子に座らせる。
「さぁ、己の罪を白状しなさい」
迫力に満ちた春日さんの声が部屋に響く。
それに、僕は膝の上でスカートの裾を握りしめる。
美波が死んだ理由は分かった。
五十嵐さんの言う通り、何者かに襲われ身籠りその子供を殺された。
美波がそんな酷い目に遭う理由なんかない。でも、それが事実なのだ。
そして、ここにその犯人がいる。
本当なら警察に通報するべきなのだろう。でも、事件を公にしたところで美波の両親も僕も不愉快になるだけだ。そもそも、美波は自殺なのだ。捜査と言っても、美波の子供は生まれる前の胎児だったのだから、その死は事故として扱われただろうし、強姦事件は被害者がいなければ立件出来ない。
ならば、この形容し難い感情の行き場はここ、女王の裁判しかない。
「ごめんなさいで済むなら犯人だってとっくにそうしているさ」
軽やかな声がして僕達が入って来たドアとは反対のドアから五十嵐さんが入って来る。
「さっさと犯人の名前を言えよ」
「……帽子屋の出番はもう終わった筈だが?」
「折角だから最後まで見物させて貰おうと思ってね」
五十嵐さんの言葉に莫迦にしたような目をして春日さんは参加者を再び見据える。
「そう、不本意ながらこの軽薄な帽子屋が言った通り、犯人の目星は付いています。だから諸君をこんなマッドティーパーティに招待したのです」
そう言って、チラリとユノさんを見る。
「はぁい、じゃ先ず一年生は一歩下がって下さいねー」
場にそぐわない明るい声でユノさんが指示を出す。
急にそんな事を言われて戸惑ってるのか誰も動かない。
「いいんですかぁ、その場にいると犯人に一歩近付きますよー?」
慌てて山本達数人が一歩下がる。
「ふぅん、こんなに混ざってたんだ。女王様ぁ、この人たちどうしますか~?」
「帰しなさい」
「了解でぇす。んじゃ、皆さんお疲れさまでしたー」
訳が分からずに固まって動けない一年生をユノさんがグイグイ廊下に押しやる。
廊下から不平の声が上がったがユノさんが有無を言わせずに玄関まで押しやったのだろう。喧噪が徐々に遠ざかる。
待つまでもなく息を荒くしたユノさんが戻って来る。
「女王様ぁ!」
泣きそうな声で春日さんに抱きつく。もしかしたら、追い出す時に何かされたのかも知れない。
ちょっとだけ心配する僕をよそに、春日さんがニッコリと優しく頬笑む。
「よしよし」
軽く頭を撫でられて、えへへと嬉しそうにユノさんが笑う。どんだけ仲良しなんだ、この二人。
「じゃ、次は質問でーす。簡単な問題だから頑張って答えてねん」
ウサギの耳をパタパタと振りながら言う。
「この屋敷には誰が住んでいたでしょうか?はい、君からウサギの耳に聞かせておくれ」
一番近くにいた人物を捕まえフムフムと耳を近付ける。
「はぁい、君こっち。次は君」
と、言う風に残りの参加者達を二組に分ける。
前に三人、後ろに四人。
どちらかのグループに美波を死なせた犯人がいるのだ。