とある総帥の憂鬱~IQ240を誇る優良種だが、ブクマが付かない件について
本作は、現在受講中の課題提出用として書いたものです。
移民世紀79年1月1日【地球と月の中間点・ラグランジュポイント 『スペースカントリー3』総帥府執務室】
「・・・くくく。
圧倒的ではないか、我が作品は」
たった今書き上げた小説を読み返したカントリー3総帥の魏連が、込み上げてくる笑いを堪えていた。
慌ただしい独立戦争準備の合間を縫って、寝る間と深夜アニメ視聴を我慢して密かに書き上げた渾身の自信作が完成したのだ。
これから人類小説投稿サイト『小説家になろう』へ投稿するのだが、人類史上最も素晴らしい文学作品だと称賛されるに違いない。
もしかしたら、書籍化やアニメ化も有るに違いない!
照明を落として真っ暗な執務室で、一人万感の思いで拳を握りしめる魏連だった。
ーーー10日後、
「何故だ!」
深夜の総帥府執務室で、魏連が頭を抱えていた。
10日前、地球連邦政府へ独立宣言と宣戦布告をして以来、電撃作戦でラグランジュポイント、月面を制圧、迎撃に出た地球連邦艦隊を撃破して連戦連勝の魏連総帥に悩み等ない筈であった。
深夜にも関わらず、圧倒的勝利を伝えるニュースに浮かれた市民の歓声が、執務室まで聴こえている。
だが魏連を心底懊悩させていたのは、地球連邦との戦争では無かった。
唯一の趣味である、人類小説投稿サイトに投稿した作品の反応が芳しくない為であった。
「何故だ!?
何故ブクマが付かんのだ!?」
漸飛家一同が会した昨日の夕食時に、それとなく小説投稿サイトへの投稿を仄めかしてみたものの、閲覧数は僅かに3。
ブクマに至っては未だゼロ件である。
1件は、ワクワクしながら10分毎にアクセスしていた魏連自身として、残りは秘書の阿文羅瑠、同好の志である事が最近発覚した妹の岸莉愛だろう。
「・・・もしや!
私のプロットに誤りが有ったとでも言うのかっ!?」
愕然とする魏連。
「・・・だが、優良種たる私が執筆した作品なのだ!
誤りなど、あろう筈が無い。
だが念の為、同志の意見を聴く事にしよう。
・・・あれでも一応、女だからな」
人類の大部分と妹に大変失礼な事を呟きながら、妹に繋がる通信回線を開こうとする魏連であったが、直前で思い留まる。
「・・・いや、ちょっと待て。
もし、この通信が外部に漏れてしまったら・・・」
通信端末に手を伸ばしたまま、椅子の上で固まる魏連。
「うっかりオープン回線を使って怒厨琉にでも知られてみろ。この時局に何をしているのだと、突っ込まれかねん・・・」
怒厨琉指揮下の宇宙艦隊は、初戦に於いて、数で圧倒していた地球連邦艦隊を撃破したものの、少なくない損害を出していた。
ただでさえ少ない戦力の遣り繰りに四苦八苦する脳筋の怒厨琉が、魏連の密かな趣味を知ったら必ず怒り狂うに違いない。
「誰にも悟られずに意見を求めるには・・・」
オールバックにした銀髪に右手を当てて懸命に考え込む魏連。
「・・・相談するにしても、伝達に工夫が必要だな」
そう呟くと、秘書の阿門羅瑠をインターホンで呼び出す魏連だった。
ーーー3時間後【『スペースカントリー3』内 突撃騎士団司令部 司令官室】
総帥府の在る居住区反対側に、岸莉愛が司令を務める突撃騎士団司令部が在る。
突撃騎士団とは軍の電子戦闘部門であり、敵国回線に侵入して軍事機密や民間企業の技術情報を入手、情報システムをハッキングする組織である。
兄の謀略を警戒した岸莉愛は副官を同席させ、司令執務室で突然面会に訪れた魏連の秘書と面会していた。
「・・・兄上。アポなしで届け物をしてくるとは、一体何をお考えなのでしょうか?」
首を捻りながら呟くと、恐縮している魏連の秘書が差し出したバスケットを覗く岸莉愛。
バスケットの中には、一面に四角いクッキーが敷き詰められていた。
焼きたてのクッキーから甘い香りが執務室に拡がり、マスクで隠されていた岸莉愛の口が僅かに緩む。
「・・・これは、兄上の手作り!?」
思わず呟いて1枚のクッキーを手に取る岸莉愛。
「味は、どうですか?」
副官に遠回しな毒味を促す岸莉愛。
「はっ!では、失礼して。
・・・これは、総帥の焼き印が付いておりますな・・・」
政敵である魏連からの予期せぬ差し入れ(焼き印付)に緊張する副官だが、意を決してクッキーを齧ると、シナモンの香りとバターの風味が口中に広がっていく。
「・・・美味で有りますな」
豊かな風味を堪能して、ほぅとため息をつく副官。
「よろしい。お前は下がれ。
秘書殿もご苦労だった。兄上によろしくお伝えて頂きたい。
後は、私一人で兄上の味を堪能するとしよう」
満足気に秘書に告げる岸莉愛だった。
副官と秘書が退室した後、岸莉愛がバスケットに敷き詰められたクッキーの最下層にある一枚を裏返すと、案の定、とある文言が焼き付けられていた。
『感想くれ。兄より』
「・・・兄上。ここはよろしく処置しなければなりませんね」
バスケットのクッキーを残さず平らげた岸莉愛は、そう呟くと机上の端末を操作して小説投稿サイトにアクセスするのだった。
ーーー翌朝【漸飛家食堂にて】
今朝の食堂は、父や弟が前線視察で早朝から家を出ていた為、魏連と岸莉愛だけだった。
「・・・兄上。
何の前触れも無しに、花束を渡しただけで告白が成功するとお考えで?
普通、見も知らぬ人に贈り物を渡されたら、ドン引きするだけと存じますが?」
朝食の塩鮭から器用に骨と皮を剥がしながら身をほぐして一口摘みながら、昨晩読んだ小説の感想を口にする岸莉愛。
「・・・なん、だと!?」
的確な突っ込みを受け、動揺して茶碗を手に持ったまま固まる魏連。
「・・・兄上。
父上から表情が顔に出やすいと指摘されていたのでは?」
使用人の居る前で動揺してしまう様を注意する岸莉愛。
「・・・すまん」
気を取り直し、茶碗によそった白米に昆布茶をかけてお茶漬けにしてかき込む魏連。
目尻が少し潤んでいるのは、昆布茶が熱すぎたからであろうか?
そんな兄の仕草を見ながら、司令室執務室とは違う柔らかな口調で話しかける岸莉愛。
「・・・兄上。
私、恋愛は門外漢ではありますが、先ずは、お互いの気持ちが大事なのでは?
経済・物理的要因だけで男女が結ばれる訳では無いと存じます・・・」
しおらしく常識的な恋愛論の入り口を説く岸莉愛。
「・・・そうか、そうだったのか・・・。
忠告感謝する、岸莉愛」
お茶漬けをかき込みながら頷く魏連。
朝食を終えると、食堂を足早に立ち去る魏連。
だが、その足音は少し浮かれている様に僅かに軽かった。
「・・・少しは、お役に立てたのかしら?」
昆布茶を口にしながら呟く岸莉愛であった。
秘かに小説を書く魏連の戦いは、始まったばかりだった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m