水面下の事実
今回は割と早く更新できました。
たどり着いたのはレギナ王国内、リエル村から三百キロ程離れた所にあるイラ領と呼ばれる場所だった。
いくら転移の座標をランダムに設定したとはいえ、これまたずいぶんと遠くまで来てしまったものだ。
ここから戻るには、馬車だと早くても二週間はかかる。正確な方向と距離さえ分かっていれば座標指定で転移出来るのだが、測量技術もあまり発達しておらず地図もざっくりとしたものしか無いのでは手の施しようがない。
街に入る前、門番の検問に引っ掛かった。夜遅くに外からやって来たのだし怪しまれるのも仕方がない。ノルにはモンスターの毛皮を羽織らせて翼が見えないようにしたが、職業を聞かれた時は流石に焦った。勢いで冒険者だと名乗ったが、身分証の提示を求められていれば間違いなく詰んでいた。
ただ単に門番の兵士がノルに気をとられて業務を疎かにしていただけかも知れないが、俺が嫉妬にまみれた目で睨まれたのは言うまでもない。
「物凄く見られた。私の正体がバレていないか心配。シンヤはどう思う」
「あれはどう見ても怪しんでるような目じゃない。大丈夫だ」
「それでもやっぱり疑わしい。警戒だけはしておく」
「そうだな。用心に越したことはない」
流石に「ノルが可愛いからだ」とかそんな事は言えなかった。協力関係にあるというだけであり例え冗談だったとしても互いの空気を壊すだけだ。
「シンヤ、これからどうするの」
「そうだな、宿でも探すか。今日は休んで、本格的に動くのは明日からでも構わないだろ」
「ここに来る前、シンヤお金が無いって言ってたけど」
ジト目で見られてしまった。
確かにお金が足りないのかと聞かれて肯定はしたが、無一文という訳ではない。ダカルから小遣いとして貰っていた分は使う当てもないので取っておいてある。
収納魔法術から取りだして確認すると白金貨三枚と金貨が五枚、そして銅貨が複数枚入っていた。
三万五千マナもあれば、ちょっといい宿で三日分宿泊するくらいなら余裕だろう。
「大丈夫だ。金ならある。 今日明日、宿に泊まれる位はな。」
「それは良かった」
街の中心部まで歩き、大通りに面した場所で割と広めの宿に入る。料金なども比較し、少し高めの宿にした。
あえて料金の高めな宿を選択したのは安全性が高いからだ。狭い路地で経営しているところや、極端に安い所では治安に問題がるかもしれない。実は穴場でいい場所だったなんていうケースは稀なことだ。人の目という自然の監視と、他よりも高くなっているが故のセキュリティ面での安心はあったほうがいい。
宿の入り口のカウンターには、ビロードの礼服に身を包んだ男が控えていた。
「いらっしゃいませ。二名様、宿泊ですか」
「ああ。取り敢えず一泊で頼む。後で延長することはできるか」
「かしこまりました。可能でございます。部屋は一部屋でよろしいですか」
「そうだな、それでいい」
「ベッドはダブルでよろしかったですか」
「頼む」
「では、二階の突き当たりの部屋になります。朝食は一階の食堂で。ご用の際は机に備え付けのベルでお願いします」
ドアの解錠に使う魔道具を受け取り、指定された部屋へ向かう。部屋の扉は鉄製で、見込み通りセキュリティの上での問題は無さそうだ。科学が進歩していた近代社会の地球とこの世界とでは生活の利便性も変わると思っていたが、割と変わらない部分もあるらしい。
「わぁ……広い部屋。私が秘境にいる間に、人間の生活も随分変わった」
「そうなのか?ちなみに、どのくらいあそこに住んでたのか聞いてもいいか」
「正確には分からないけど、多分百八十年程はいたかも知れない」
「ひゃ、百八十年!?あんな暗い所の、しかも黒い箱のなかにいたよな?」
「箱じゃない。あれは墓標。私の棺」
ノルが暗い表情になる。勇者に狙われていた彼女のただ一つの居場所があの地底湖だったのだろう。ノルが追われていたのは少なくとも百八十年前だから今現在はどうかわからないが、もしあそこに辿り着いたのが勇者だったとして、万が一ノルが破れたなら彼女はそこを墓にしようとしていた事になる。
「そんな暗い顔するなよ。ノルの前に現れたのは勇者じゃなく、俺だ。勇者が襲ってきても俺が守ってやる。」
「わわっ、何をするの」
気付けば俺はノルを抱きしめていた。
勇者に命を狙われ、味方もなく追われる日々。世界に居場所を失い、辿り着いた地底湖で墓を作り百八十年もの間眠っていた少女。ずっと孤独だっただろう。その苦痛は計り知れず、俺が理解できるものでもない。
本来なら人間が憎いはずだ。無抵抗だった俺なら一瞬で殺す事も出来た。ノルがその気なら、今この瞬間でも俺の命は無い。それなのにも関わらず、憎いはずの人間である俺と一緒にいる。どれだけ感情を押し殺しているのか、もはや想像もつかない。
俺にはそれがどうしてもいたたまれなかった。ノルの受けた仕打ちに比べれば、俺が来栖に金を騙し取られた事なんて些細な問題だ。その程度で自身の生き死にを考えるなど論外も論外、浅はかもいいところだ。もしかしたら幻想の住人の男が言っていたのはこのことなのかもしれない。
全く、我ながら反吐がでる。
「シンヤは私より弱い。勇者に匹敵出来るとは思わない」
「うぐっ、痛いところを突くなよ。これから強くなるからさ」
「でも、ありがとう。精霊と分かって接してくれるのはシンヤだけ」
ノルがはにかみ笑う。初めて見せる笑顔に俺の心臓は破裂寸前だ。頬が熱くなるのが分かる。
「私はもう寝る。おやすみなさい」
「お……おう。おやすみ」
俺の腕をすり抜け、ノルがベッドへ潜る。若干の名残惜しさを感じつつ俺も寝ようとして、だがそこで固まった。
「って、ダブルベッドじゃんっ!?」
「シンヤ、大声で叫ばないで。頼んだのはシンヤでしょ」
「マジか。あのフロントの男………やりよる」
俺は一人で戦慄しながら、結局は床で寝る事にした。
**************
翌朝、眩しい太陽の光でノルは目を覚ました。
ふと隣を見渡すが、シンヤの姿は見えない。「俺、床で寝るから!」といって使っていた寝具は綺麗に畳まれていた。
窓の外では街の人間達がせわしなく街道を行き来している。
トイレにでも行っているのだろうと思ったが、暫く待ってもシンヤが戻ってくる様子はない。外の喧騒は一層大きく、ノルに最悪の考えを浮かばせた。勇者に居場所を知られたかもしれない、と。
「また追われる…………私は、バカだ。情に絆されて……」
部屋のドアが開く。
ノルは神速の速さで自身の武器を顕現させ、入ってきた相手の額に突き付けた。
「ただいまっ………。はっ!?、ノルさん?」
「あれ……シンヤ?」
入ってきたのは勇者ではなく、シンヤだった。何故か大量の荷物を持っている。
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床の上の寝心地はあまり良くなく、さらには隣でノルが無防備な寝顔をさらしている状況では、俺は中々寝付けなかった。ある程度の睡眠はとったものの、朝も日の出る前に目を覚ました。ノルの寝顔はまさに天使のように美しく、永遠に眺めていたいくらいだが、やはり後ろめたさが出てくるのでぐっと堪える。
この世界の朝は割と早く、既に営業を開始している店もあるようなので俺は暫く外を歩く事にした。あまり無駄遣いは出来ないが、時に買い食いもしてみる。美味しい料理があれば、ノルに買っていくつもりだ。
「あんちゃん、ここらでは見ねぇ顔だな。旅人か?」
「そんな所だ。今はリエル村に向かっているんだ」
「リエルかぁ……あそこは止めたほうが良いぜ」
「ほう……それまたどうしてだ?」
串焼きを売っている親父さんから思いがけない話が飛び出てきた。
「おめぇさんは遠くから来たみたいだし知らねぇのも無理はねぇが、あそこはこの間アルトイラ国に襲われて壊滅状態だ。今は占領されてるし、危険だから止めておけ。全く、レギナ陛下も酷いことをしなさる。」
「ん?待て待て、アルトイラの国王は確かガザルとか言う奴だろ?レギナの王は関係無いんじゃないのか?」
「いや、噂ではアルトイラの国が特産物を優先的に流す代わりに、レギナ陛下がリエル村周辺の領土を割譲したらしい。だからこその進攻だ。レギナの部隊は出兵しないからな」
冗談のような、衝撃的な話だ。まさかレギナとアルトイラが結託しているというのは想像もつかない。
「その話、本当なのか。信憑性は?」
「俺達内陸の街はいいんだがな………辺境の街は皆、生け贄も同然だ。一見無駄に見えるが、実はそうじゃねぇ。確かに国の兵は動かねぇだろうが、次に敵の矢面となる領地の貴族や領主が黙っちゃいねぇ。国の兵士が動かずとも貴族の私兵が動くのよ。自分の領土が増えれば税収も増えて一石二鳥だしな。」
「そんなことが………言われてみれば合理的かもしれないが、流石に酷くないか?」
「そう言いたいのは山々だろうが、レギナはこうして大国の地位を守ってるんだ。庇護下にある俺達ぁ強く言えねぇ。」
「そうか。教えてくれてありがとう。リエル村は控えよう」
「ああ、それがいい。それと、つい喋っちまったが、この話は余りしねぇほうがいい。特に辺境の住民たちには知られないようにされてるんだ。貴族も辺境の警備っていう事で誇りを持ってる。」
「分かった。約束しよう」
一国の内部情報を持っている串焼き屋の親父さんが何者かが気になるが、今は気にしている余裕はない。リエル村を襲ったアルトイラだけではなく、レギナが国民を売っていたとは。
急いで宿に戻り、これからの動きを考えなければならない。
露店で買った荷物を抱え、宿の部屋を開ける。
「ただいま………。はっ!?、ノルさん?」
入り口でノルから額に剣を突き付けられ、固まる。
俺、何か悪い事でもしたか?
「あれ……シンヤ?」
ノルが武器を納める。どうやら他人を警戒していたらしい。
「朝起きたらシンヤは居なかった。私を勇者に売るのなら容赦はしない」
「すみませんでしたぁぁぁぁぁ!!!ただ散歩してただけだから許して!」
他人じゃなく、俺が警戒されていた!?
俺は速攻地べたに這いつくばり、床に頭を擦り付けた。これは迷いなく土下座案件だ。
俺が面を上げたのは、一時間程経った後、ノルが誰も襲撃に来ないと納得した後だった。
僭越ながらもしお時間をいただければ是非、感想やレビューをお願いします。
誤字報告は随時修正致しますのでもしありましたら戴けるとありがたいです。




