神剣顕現
この話で終わるようにサブタイトルを「勝利」にしていましたのに……終わりませんでしたわ……
バガンッと、おおよそ人体からは鳴ってはいけない破壊音と共に勢いよく吹っ飛んだ【韋駄天】は、遠くで二、三回バウンドした後、数十メートルに渡って体を擦り卸し止まった。
「はぁッ、はぁッ……やっとまともな一撃が入ったな」
疲労と緊張によって浮かんできた玉のような汗を拭い、吹っ飛んでいった【韋駄天】を注視する。
砂煙で薄くなったその影は地面に横たわったまま動かないが、詳しい状況は近づいてみないと分からない。本当なら棒きれを持って近づき、倒れた【韋駄天】をつついてやりたい所だが、相手は速度が売りの勇者。中途半端に距離を詰めると、視えても対応できない攻撃をされるのは困る。
もどかしさ半分、期待半分で見つめていると、それまで沈黙していた【韋駄天】の肩がびくりと跳ね上がり、そのまま上半身が起こされた。
もうもうと立ち込めていた砂煙が風に流され、【韋駄天】の様子がクリアに見えるようになる。
俺の全力を受けた【韋駄天】の顔面は、鼻が折れ目や唇が腫れ、顔中が血にまみれている。均衡の取れた端正な顔立ちも形無しであり、むしろあそこまで強打したにも関わらず意識を保てている事に驚きを禁じ得ない。本来なら首から上が失くなる威力であり、どれだけ外側が頑丈でも、脳が無事では済まされない。
俺もそうだが、神器を持った人間はご都合主義な不思議体質になるようだ。
そんな事を考えている間によろよろと立ち上がった【韋駄天】が、俺に向かって歩いてくる。
足取りもふらふらとしており、今にも吹けば飛びそうな雰囲気を感じる。
辺りには生ぬるいそよ風が吹いており、嵐の後の凪のように場は静まり返っていた。
ちらりと後ろを振り返ると、壊れた馬車の中からこちらを伺うファナと目が合った。
俺が小さく笑いかけると、ファナはウィンクしながらちろりと舌を出し、お茶目に笑った。
御者をしていたヘイルは見当たらないが、きっとファナが馬車内に保護しているのだろう。
憂い無く戦えることに感謝し、目の前まで来ていた勇者を見据える。
「流石は勇者か……完全に入ったと思ったんだが、一筋縄ではいかないな」
「一体何をした、異端者シンヤ……!」
「重力も知らんのか。まあ魔法で発展している世界ならではって所なのか?」
「ジュウリョク……? 何とも珍妙な技だ。まるで兄になったような気分だ」
俺が一撃を与えるために【韋駄天】を減速させた方法は、魔力の停滞によるによる重力場にある。
魔法は使えずとも魔力だけを放出することなら誰にでも出来るだろうに、この重力場については誰にも知られていないらしい。
ガザルも引っ掛かかり、四天王とも呼ばれる【韋駄天】さえも知らないとは。
重力場を駆使して戦えば、こちらが優位に立ち続けられる可能性も低くはない。
「誇れ、異端者シンヤ。貴様を討つべき敵とみなし、私は剣を抜く」
「まだ奥の手があるのか……」
これは失敗したかも知れない。
もっと早くに止めを刺しておけばとも思ったが、後の祭りだ。
第一、あの不確定要素が多い部分で動かなかった判断は順当だと言えるし、下された決定にぐだぐだケチをつけても仕方ない。
小さく歯噛みをした俺は、一瞬の油断もしないよう、改めて【韋駄天】の動向に注意した。
「過ちすな、心して降りよ」という言葉があるように、物事の終わりこそ慎重に動かなくてはならない。
勇者が虫の息だろうと高を括っていた俺の怠慢だ。
「我は悪を滅ぼさんとする勇者であり、振るわれる剣は神を代行する真の裁きである。裁定の時は来たれり、今こそ神罰を下し新たなる道を切り開かん……【神剣顕現】!!」
「詠唱長いな。今のうちに殴れば良かった」
小さくぼやいた俺を置き、事態は進んでいく。
【韋駄天】の目の前に眩い光が集まったかと思うと、剣先から順に金色の後光に包まれた白銀の両手剣が姿を顕す。
その剣に【韋駄天】が手をかけると、白銀の刀身に赤々とした炎が纏わり付いた。
上段に剣を掲げて戦闘態勢を構える【韋駄天】は、見方を変えれば聖火を握っているように見えなくもない。
「一太刀で斬る!!!」
「丸腰に刃物はきっついな……それでも勇者かよ」
「ほざけ罪人が。好きなだけ抗える事に喜べ……【裁定の一撃】!!」
【韋駄天】の怒号と共に、神剣の炎が天高くまで膨れ上がり周囲の温度をジリジリと上げていく。熱せられた空気が蜃気楼を起こし、ユラユラと揺らめく景色と共に強い上昇気流が地面の砂や塵を巻き込んで俺を襲ってくる。
その攻撃範囲は避けようと構えた俺を嘲笑うかのように広く、後ろのファナまでも巻き込みそうな勢いである。
最早思考を重ねる余裕などなく、馬車の前まで下がった俺は【韋駄天】をすり抜けて馬車とは反対方向に駆け出した。
「逃がさんぞ、異端者シンヤ!!!」
「チクショーッ、本気でやべぇ!!!」
剣が振り下ろされる。
インパクトの寸前、俺はとにかく前へ進まなければと、少しでも距離を取ろうと必死の思いで飛び込んだ。爆破シーンで飛び込む人間の心理も、今なら分かる。
しかし、そんな努力虚しくグイッと服の襟首を掴まれて後ろに戻された。
「森羅万象、何者に於いてもこれより一切の干渉を禁ずる──【無敵の空間】!」
衝撃が、衝撃が……来ない?
中途半端ですみませんですわ




