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転職魔王の勇者討滅録  作者: 先祖代々貧乏
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天翔る龍



 ノルと入れ替わりにフロストがリ・メイと対峙する。

 ノルが二人から十分な距離を取った後、指をパチンと鳴らした。

 それと同時に、リ・メイの拘束が解ける。


 フロストがどこからともなく薬包紙を取り出し、リ・メイに向けて無造作に放り投げた。

 反射的にそれを受け取ったリ・メイは、未だに事態が飲み込めず呆けた表情で中身の薬を見つめている。



 「ほれ、エリクサーじゃ。万全の状態でかかってこい」

 「意味が分からないヨ……エリクサーは幻の秘薬、実在すら疑わているネ」

 「お主を殺すつもりなら、ノルとの戦闘で十分じゃ。毒殺などつまらぬを考える訳無かろうに。捨てても良いが、妾に一方的にやられたとなればドラゴンバスターの名が泣くのではないか?」

 「クッ……そうネ、精霊がドラゴンよりも上位の存在だという事は理解したヨ。だが、例えこの薬で弱体化してもドラゴンには負けないネ」

 「さらば、飲むことじゃな」



 意を決して薬を飲み込んだ後から傷や疲労が消え去るのを感じたリ・メイは、驚きに目を見開いた。

 さも当然のように冷たい無表情で見つめるフロストに、リ・メイは屈辱を感じ、唇を噛み締める。



 「わざわざ治療した事、後悔するがいいネ」

 「ふむ……仮に妾に勝つことが出来た場合は、無傷で帰してやろうぞ、勇者よ。良いな、ノル」

 「うん、いいよ」



 勇者を相手に臆面もしないフロストに、リ・メイのドラゴンバスターとしての矜持が反応する。

 精霊は別格だったと思い決着を付けたリ・メイには、再び闘志の炎が宿っていた。

 得意分野であるドラゴンを殺すだけでこの理不尽な存在(ノル)から逃げられるとは、正しく僥倖である。当初の目的はドラゴン討伐であり、それさえ成し遂げれば失う体面もない。



 「侮るのも大概にするネ……勇者の名前はそんなに安くないヨ!!」

 「ふん、やる気を取り戻したようじゃな……ぶつかって来るが良い」

 「【神槍如意(ゲイボルグ)】──強力な存在に隠れて強者気取りも大概にするネ!!」

 「傲慢は身を滅ぼすぞ、勇者」



 風を切り弾丸のような勢いで迫り来る【神槍如意(ゲイボルグ)】を軽く振り払うフロスト。

 対するリ・メイは【神槍如意(ゲイボルグ)】の両端を器用に使い、隙のない連撃にて対応する。



 「ふん、効かないかネ……まあこの程度は捌いてくれなければ困るネ」

 「いつから採点者になったのじゃ、お主は」



 小手調べ程度の攻防を終え、再び二人は距離を取る。

 生ぬるい風が両者の間を通り過ぎ、張り詰めた緊張が辺りを支配する。

 リ・メイは【神槍如意(ゲイボルグ)】を構え直し、その手に力を込める。

 身体からは赤いオーラが滲み出しており、自身の身体能力を底上げすべく【気力解放】を行った事を示していた。



 「いつまで人間に擬態しているつもりかネ……地を舐めるトカゲのくせに、偉そうにふんぞり返るとは恥ずかしい生き物ネ」

 「ふむ……分を弁えよとな。その言葉、そっくりお主に返そう」

 「中々に吠える弱者ヨ。勇者に楯突いた罪、後悔しながら死ぬネ!!」



 フロストの全身から冷気が吹き出し、身体の表面が霜付いていく。

 ピチピチ、パキパキと奏でられる凍結音と共に、フロストの青白い角が大きく成長する。所々枝分かれした二対の角は、さながら王冠のようにフロストの頭上で美しい輝きを発した。

 フロスト自身の体温により発せられた周囲を漂う氷霧が、レッドカーペットの演出のように余裕綽綽とした印象を与えている。



 「昔は勇者という言葉に震え上がったものじゃ……力は持てども、いつの間にか妾を縛る呪詛のように毒されていたかも知れぬ」

 「何をゴチャゴチャと話しているネ……」

 「敗北し屈服してしまって以降、随分と自信を失っておったが──今ならば存分に力を振るえる」

 「よく分からないが、死ぬネ!!」



 【神槍如意(ゲイボルグ)】を地面に突き刺し、強引な力に任せて地表を捲りつつ、リ・メイが踏み込んでくる。

 拳や剣などの物理攻撃は踏み込みの強さによってその威力が大幅に変わるが、リ・メイの踏み込みは地面にヒビを入れ、地鳴りを起こす程だ。

 激しい音が空を切って響き、地に埋まった足の衝撃で浮き上がった砂利がフロストの頬を叩く。



 「天災よ──【暴威激風氷雪(ブリザード)】」

 「グハァッ……!!」



 あと一歩、ほんの一瞬で【神槍如意(ゲイボルグ)】の穂先が当たるという所で、フロストを中心に発生した氷雪の渦がリ・メイを容赦なく吹っ飛ばす。



 「妾、天翔る龍(ドラゴン)のフロスト。力の象徴たる暴威の化身じゃ。頭が高いぞ人間、控えよ」

 「グッ、まさかこれで競り負けるとは……」

 「その思い上がった思考、叩き潰してくれるわ!」



 フロストの周囲で未だに猛威の限りを振るっていた氷雪がさらに強く吹き荒れ、朧城のある一帯を極寒の極地へと変貌させる。

 バキバキと音を立て、絶対零度へと温度を下げる地面の顔が瞬時に真っ白に変わる。

 南国の気候であるマリアナが、この一角だけは季節が正反対に様変わりしていた。



 「前が、見えないネ……気を抜くと閉じた目蓋(まぶた)が凍り付くヨ……」

 「植え付けられた恐怖に気圧されなければ、同胞達も負ける事は無かったのかも知れんの……ま、妾が最強なだけかも分からぬがな!」



 ふんぞり返りながら、口に手をあて淑やかに笑うフロストの周囲だけは、荒ぶる氷雪も無く静かな時間が流れている。

 無風の空間にしとしとと降り散る牡丹雪が、フロストの美麗な姿を引き立て幻想的な光景を演出している。



 「勇者もドラゴンバスターの称号も形無しじゃのう……ほれ、【巨氷柱(ギガアイス)】」



 真っ向から吹き荒れる強風と、氷点下数十度にも及ぶ寒さ、無数の氷雪の弾丸に打たれたリ・メイは一歩も動けずにいる。

 フロストが踊るように踵を踏み鳴らすと、リ・メイの周囲を包むように巨大な氷柱が乱立した。

 息をするだけで死に至る灰銀の世界の中で、既に凍え、顔を紫色にしているリ・メイに抗う手段は残っていない。【神槍如意(ゲイボルグ)】に熱を持たせた所で焼石に水である。



 「負ける、訳には……【真・気力解放】」

 「ほう……まだやるのか」

 「私は勇者! 勇気ありし者! この命全てを懸けて、大いなる天翔る龍(ドラゴン)に挑むネ!!」

 「気概やよし。だが、すまぬな……【終絶世界(アブソリュート・ゼロ)】」



 【神槍如意(ゲイボルグ)】を血が滲むほど強く握りしめ、金色のオーラを纏い必死の形相で向かい立つリ・メイに向けて、フロストが指を鳴らす。

 フロストの指定範囲内全ての温度が、瞬時に絶対零度まで急落し、抗いようの無い絶望的な停止世界を生み出した。

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