ドラゴンバスター
本当にきつい……体調が死んでいる……
「シンヤ……早く帰ってこないかな」
「うむ。最近ずっと一緒だったから、なおさら寂しい気分じゃ」
地平線の彼方へと消えていく馬車を見送り、ノルとフロストは暫しの感傷に浸った。
とは言うものの、シンヤは会議に参加するだけなので日帰りなのだが。
たったの半日離れるのも惜しいと思ったのが可笑しく、ノルとフロストはどちらからともなく顔を見合わせて笑った。
「シンヤが帰って来たら、いっぱい甘える」
「そうじゃな。たまには一日中ぐーたらしていたいものじゃ……ノル、来ておるぞ」
「分かってる」
ノルとフロストの表情が引き締まったものに変わる。ノルは精霊剣を、フロストは全身から冷気を迸らせ、臨戦態勢を整えた。
そのまま数秒警戒を続けていると、突如として目の前に、三メートルはある巨大な円柱が降ってきた。
ズシン、と大きな音を立てて着地した円柱の上には、黒い演舞服に身を包んだ辮髪が特徴的な男が立っていた。
「人間の真似をするドラゴンとは、これまた珍しいネ。そっちも人外……報告にあった精霊と見たヨ」
「ふん、そちがリ・メイとやらか。シンヤの不在を良いことに、妾達を討伐しに来たようじゃな」
「負けない……」
「随分と異端者を信頼しているようネ……でも、あの異端者も含めて援軍は来ないヨ。異端者はレギナ王国の四天王、【韋駄天】が抹殺に向かったネ」
「そんな事が……大国の四天王が動いたのかや!?」
「動いたヨ。さ、ドラゴンはこの【神槍如意】の錆にしてやるネ」
リ・メイの足場となっていた円柱形の物体が縮み、あっという間に人間が振り回せる程度の槍へと変わる。
【神槍如意】は、ドラゴン狩りの勇者一族が代々継承する武具で、伸縮を自由に操作し大きくも小さくもできる。リ・メイ相手に間合いは取っても取らなくても意味を成さない。
「終わらせてやるヨ……【超貫通】!」
「む……中々強い」
「感謝するのじゃ、ノル。それ、【瞬間冷凍】」
驚異的な加速力で襲ってきた【神槍如意】をノルが剣でいなし、それをフロストが使用者ごと凍らせんと対抗する。その絶妙なコンビネーションは、何だかんだ言いながら二人が仲良くしている証だ。
「氷系統のドラゴンかネ。【神槍如意】、赤熟!」
「ふん、妾が冷気を操るからと、真逆の熱気を使ってくるとは。そんなものに怯えるほど妾が軟弱に見えておるのか?」
「私は普通に熱いから嫌なんだけど……」
ノルのぼやきを無視して、フロストは未だ高温の熱気を放っている【神槍如意】を無遠慮に掴むと、思い切り捻り上げた。
ぐるりとフロストの元で百八十度回転した【神槍如意】は、使用者を巻き込むと見せつつ、中程でグニャリと捩れるだけに終わった。
「ハッハッハ、【神槍如意】は伸縮自在、突けば何者をも砕き、破壊しようと攻撃すれば柔軟に対応可能ネ」
「ふむ……中々面倒じゃ」
「他は任せて……【瞬刀:飛び裂きたる斬撃】」
ノルがフロストから離れ、本体に切り込みを入れると同時に、フロストは手に持った【神槍如意】を力ずくで折り曲げながら勇者リ・メイに近づいていく。
「【神槍如意】、伸びるネ」
ノルの斬撃や武器を折り曲げているフロストにつまらなそうな一瞥をくれ、リ・メイは一声上げる。
その瞬間、ばいんと音を立てながら、【神槍如意】が弾かれたように元の形状を取り戻す。無理やり折り曲げた【神槍如意】を持つフロストは破竹の勢いで撥き出され、ノルの斬撃はあっさりと受け流された。
「弱い……弱いネ。まあ、ドラゴンが私に勝てないのは分かっているが、精霊も同様ネ!」
「あの玩具みたいな棒切れ、本当に鬱陶しいのじゃ」
「同感。まあ、勝つけど」
「【神槍如意】、潰すネ」
短い命令と共に、ノルとフロストの間に向けて【神槍如意】が伸びてくる。
このままでは攻撃が当たらないと敵の真意を図りかねていた二人は、直後横に肥大化した【神槍如意】によって押し潰されるように打ち飛ばされた。
「くぅ……横にも広がるのを忘れていたのじゃ」
「不覚……」
「やっと傷らしい傷が出たヨ。二匹とも赤い血を持っているとは、衝撃的過ぎて目が取れそうネ」
ノルもフロストも、超重量級の攻撃を受けて額から血を流していた。全身を強く打ち付けているせいで、まだ身体中に響く痺れが残っている。
しかし、そんな事は意にも介さずノルとフロストは再び身構えた。
「こんな小僧相手に妾達は負けぬよ。なに、少し転んだ程度じゃ」
「シンヤもきっと勝ってくる。今から、格の違いを教えてあげる」
「さっさと潰すネ、【神槍如意】」
リ・メイが無表情に告げると、よもや「槍」では無く「壁」レベルの質量が二人を襲った。
こちらを取り囲むように、横からも追い込みを掛けてきており、逃げ場は無い。
【神槍如意】が二人の眼前に迫った瞬間、サッと黄金の軌跡が二人の前に踊り出た。
「遅くなってごめんね……助けに来たよ!」
「汝凍てつき者、大いなる大地の模倣、【大氷山塊】!」
「ぁ……フロスト、やっちゃった」
迫りくる【神槍如意】を手で押し返したその人物は、フロストの作り出した氷塊の中に埋め込まれている。
よく目立つ黄金色の金髪に、健康的な小麦色の肌。氷漬けになってもキラキラとしたオーラを放つのは、【英雄】エルだった。
パリーンと、何事も無かったように氷塊から脱出し、エルは白い歯を見せる。
「僕は敵じゃないよ、フロストさん!」
「わ、分かっておる……すまぬのじゃ」
「助けはありがたい……けど、この勇者は私達で十分。それよりもシンヤの所に行ってあげて」
「ええと、僕はシンヤから二人を任されているんだけど……」
「男がつべこべ言うでないわ!」
「分かった、分かったよ! 何かあったらソルが出るから!」
エルは来て早々、一迅の風のように慌ただしく去っていった。
呆然としているリ・メイを無視して、二人は構え直した。
「報告に無い人物……今のは何者ネ?」
「答える訳がない……フロスト──遊ばせて」
「ふふ……よいぞ」
ノル不適な笑みを浮かべ、フロストは構えを解き後ろへ下がる。
ドラゴンバスターとの、第二ラウンドが始まろうとしていた。




