邂逅
忙しくて全然更新できませんでした。
中身も、相当迷いました。
一部あまり綺麗ではない表現等ございます。
是非お納め下さい。
時は満ちた。
恐らく地下牢を改造したのだろうと思われる、冷たい石造りの部屋。
そこには窓がないため日の光も差さず、じめじめと濁った空気が漂っている。
監禁に近い状態の生活に、日々課せられる鉱石採掘の重労働。
なまじ理性がある俺にとっては発狂しそうな程の苦行だった。
朝は巡回兵の声で起こされる。腕を鎖で繋がれ、転移魔方陣が床に描かれた部屋から作業場である坑道へ転移し、途中の水分補給以外は休み無く鉄鉱石を探し、また地下牢へと戻される。
毎日がそれの繰り返しだ。
精神支配が解けているのがばれると面倒なため最低限の会話しか許されず、不平を口にしたり、表情を変えることもできない。
支配されていた方が数十倍マシだと、何度思ったことか。
それでもあの日から二週間程経過し、その間に俺は入念な情報収集に力を注いだ。ある程度の事情や状況とこれからの計画等も既に調べてある。
移動用の転移魔法陣の解析を少しづつ行っていたおかげで転移魔法術も習得し、苦労した成果は得られていた。
まずリエル村を攻めてきた、あのガザルという男。
アルトイラ国の勇者兼国家最高責任者、ガザル=アルトイラその本人。勇者となった経歴は、わずか二百騎という隊を率いて当時三つ巴の戦争をしていた三国を鎮め、統合したという。
その後に出来た国がアルトイラという訳だ。
戦争による食料難や人手不足等、民衆の不満にいち早く対応したことで高い支持を獲得し、救国の英雄等と呼ばれている。
……救国だか何だか知らないが、自国以外はお構い無しか。
坑道での件を見るに洗脳や精神支配その他、アルトイラの闇がありありと浮かんでくる。恐らく反発する勢力の鎮圧も同じかもしれない。
表面とは明るい部分しか見えないから、怖いものだ。
今回のリエル村襲撃だが、巡回の兵士の世間話や魔法による盗聴では、他国への足掛かりを作るための侵略戦争の一環らしい。
大国であるレギナを狙う理由としては交易路の確保や先進的な技術の獲得等、至って常識的なものだが、一点だけ腑に落ちない事がある。
国力も戦力としてもレギナ王国の足元にも及ばないアルトイラが戦争を仕掛けると言うのだ。当然それなりの報復があることも視野に入れなければならないのだが、現状アルトイラにそんな気配は微塵も無い。
まさか噂通り200騎の兵がいれば大丈夫だとか、そんな安直な考えでいる訳ではあるまい。経過時間からして既に情報が行き渡っていてもおかしくないはずだが……果たしてどうなっているのやら。
「お国の事情とかは、俺には関係ないか……」
何はともあれ俺は今日、ここを脱出し、あのガザルに一矢報いるだけだ。細かいことは気にしていても仕方がない。他人に何かを委ねることはどうしようもなく愚かなことだと知った。あの日来栖に騙された時に散々思い知ったことだ。
「出牢!!」
労役の合図だ。ここから手枷を繋がれて坑道へと向かう。内心を悟られないよう無機質な表情に徹し、黙って兵士に従う。
転移先の坑道は全部で二十の区画に別れており、それぞれ一区画辺り二百人ほどが鉱石採掘にあたっている。
巡回は大体三十分おきに一回ずつで、基本は通り過ぎていくだけだ。
その間に落盤事故を引き起こしたと見せかけ、俺は地下を魔法術にて掘り進め脱出する。
作業が始まり一回目の巡回が過ぎてから俺は計画を実行した。
「演算魔法術、アシスト起動」
【岩石粉砕】
【土壌改造 水分含有率増加】
【空洞作成 座標、直下二メートル】
準備は大体整った。最初に足元を崩し、後から俺のいた横穴を吹っ飛ばす。
足を踏み鳴らすと、地響きがした。小さな揺れが天井の岩石にヒビを入れ、上から砂が降ってくる。
………どうやら予想よりも地面を脆く作ってしまったみたいだ。ただの足踏みだけでここまでだとは、想定外だった。
まぁ、崩れないのよりはいいかもしれない。
そうこうしている間にも地響きは徐々に強さを増し、立っているのも難しくなってくる。とっさに浮遊魔法術を展開しようとしたが失敗した。転倒し、地面を転がる。
【警告! 原因不明の事態により、落盤に巻き込まれる可能性アリ 必要に際し、三重の防御魔法陣の自動展開を実行】
自作とは思えない程超有能な探知(行動アシスト)魔法術によってダメージを負う心配はないが、どうやら本物の落盤事故に巻き込まれているようだった。
「まぁ、いいか。本物ならなおさらバレにくいだろ。」
防御魔法術に守られながら、そう悠長に呟く。こうしている間にも天井は崩れ落ち、地下水を含んだ土砂が流動し暴れまわっている。既に床は抜けていて、俺は地中深く沈みはじめていた。
【警告!! 負荷圧力が防御魔法術の限界値付近に到達 有効耐久時間、推定五分】
静寂を破り、探知魔法術の機械的な音声が響いた。
ここで俺が生きているのは、外界からの干渉を防御魔法陣で遮断しているからに過ぎない。もしもそれがなくなるとなれば、一瞬でお陀仏になること間違いない。
探知魔法術の演算結果を信じるなら、あと五分でなにか次の手を打たなければ圧死だ。
「全く、何事も思い通りには行かないな……。ええと、可能性を模索。最適解を導け。」
【…演算終了。打開策が見つかりません。】
「早っ!諦め早いよ!」
時間がない中魔法術の演算に見放され、少しだけパニックに陥る。このまま地中を掘削したとして、今からでは焼け石に水だ。それこそ一瞬で長距離を移動しなければ助からない。
「どうすれば良い?後は賭けしかないぞ……」
【転移魔法による脱出を提案。生存率は五割。】
「よーしそれ採用!アシスト起動!」
演算魔法術の提案は、まるで天啓のようだった。
生存率、五割。だが、一刻を争う今はそんなことを考える余裕はない。
【空間制御術展開】
【転移先座標をランダムに固定】
【必要魔力の充填を開始】
ビシッと嫌な音がした。防御魔法術を構成する光の膜にヒビが入っている。そろそろ耐久力も限界なのだろうが、持ちこたえてくれないと困る。
今や内部では転移魔法を発動させるだけの魔力が渦巻いていた。その潤沢な魔力があるお陰で防御魔法術も破損と自己再生を繰り返し、ギリギリの状態を保っている。
【充填終了。 転移魔法術を行使します】
やたら長かったように思える五分間の後、束の間に訪れる浮遊感。
刹那、防御魔法術が臨界を迎えて砕け散った。途端に視界を埋めるように迫る土砂の壁。
目の眩む閃光とともに転移魔法術が発動した。
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「うぐっ、がっ、痛た……」
真っ暗で何も見えない。堅い地面に落下したのは確かだ。ひとまず魔法術で灯りを点ける。
転移先は幅の狭い洞窟のようだった。不安定な体勢から着地に失敗した俺は、腰を強かに打ち付け悶絶している。
ひとまずは自分が生きていることに安心したが、少々面倒なことになった。転移先がランダムに設定されていたため、現在地がどこなのかがさっぱり検討もつかない。どうやら少し予定変更が必要なようだ。
「まずはこの洞窟を抜けることが先か。」
腰を擦りながら洞窟内を歩き始める。
ガザルへの報復も全ては俺がリエル村へ到着してからの問題だ。精神支配下にある村人や、モンスターとの戦いに身を投じ未だ消息の掴めないダカルは心配だが、今は無事でいると信じるしかない。
正直洞窟の出口が何処かも分からないので、取り敢えず風上に向けて歩いているが、いつまでも出口に着く気配はない。
それどころか途中からはトカゲやコウモリ等のモンスターが出現し、心なしか徐々に凶暴かつ強くなっている気がする。
「ギュギギ、ギィェ、ギギィ!」
「黙れコウモリ、耳障りだ。【穿岩石】になれ」
目の前に迫ってきたコウモリに尖った岩を叩き込む。空中で絶命したコウモリが足元へ落ち、鮮血を撒き散らした。素材を買い取って貰えば金になるため倒したモンスターは回収しているのだが、如何せん数が多い。収納魔法術のお陰で何とかなっているが、いつ満タンになるか分からない。
まるで出口もなければ行き止まりもない迷路を進んでいるようだ。いっそこのまま魔法術で壁をぶち抜いてみるのもアリだがまたもや生き埋めになるような事態は避けたい。魔力はまだまだあるため転移も出来るが、出来る限り浪費はあまりしたくない。
向かってくるモンスターを倒し歩き続ける。魔法術で照らす光だけが頼りであり、前も後ろも暗闇が広がるばかりだ。何度も休憩をはさみ、疲労を無視して歩き続ける。空腹を埋めるように焼いたモンスターの肉を食べたが、あまりの獣臭さと筋だらけの食感は思わず吐いてしまう程不味かった。
………どれだけ時間が経っただろうか。一週間か、それ以上か。
昼夜の区別もつかずただたださ迷い歩いた。堅い地面での睡眠もさながら時間を選ばずモンスターは襲ってくる。防御結界は壊され、モンスター避けの魔法術は仕組みがわからず作成は出来なかった。こんなことならリエル村にあった結界装置を調べるべきだったと後悔したのは言うまでもない。
体力的にも精神的にも限界を越えた感覚すら覚束なくなった時、不意に洞窟は行き止まりに着いた。
苔蒸し古びた石碑とその隣には地下へと続く階段がある。階段は小さく人一人通れるのがやっとだろう。
百段程で終わった階段の先には、広大な地底湖が広がっていた。結晶化した鉱石がそこらじゅうに広がり光を発する苔が内部を照らしている。幾万にも煌めく結晶石は言葉を失うほど秀麗で俺は暫く呆然とそれを見ていた。
「俺、トレジャーハンターじゃないんだけどな……。最深部っぽいしここから戻るんか。マジで吹っ飛ばそうかな。」
その場で仰向けに倒れ込む。気の抜けてしまった今では元来た道を引き返すなど無理だ。ならばもう一度転移するか洞窟を破壊して無理矢理地上に出るかの二択しかない。
思わずかわいた笑いが浮かぶ。もう訪れることはないがこの隠れ絶景スポットは吹き飛ばすには惜しい。転移するしかない。ここの場所とリエル村の位置そして距離さえ分かれば座標指定で一瞬なのだが、分からないのでランダムしか指定出来ない。
「やるかー。アシストきどー」
こんなに体力が無くやる気が無くても魔法術は問題なく起動する。下処理を終えた魔法術は魔力の充填に入った。
「――させない。」
強く意思を感じさせる声がした。
【転移魔法術に対する妨害を確認。アンチ妨害を実行。…失敗しました。当該転移魔法術、消失】
発動していた転移魔法術が失敗に終わる。その状況は探知魔法が解説してくれた。
ザバァ、と地底湖の水が盛り上がり、黒く長方形の箱が現れた。
ラスボスでも現れたのかと飛び起き臨戦体勢を整える。防御魔法術を重ねがけし幾つかの攻撃魔法術を待機させ、様子を伺う。
黒い箱は縦向きに止まり、正面が両開きに開いた。
中から現れたのは菖蒲色の髪が特徴的な少女。背中には黒い翼を携え、紺碧に光る瞳で無表情にこちらを見ている。
少女が翼を広げると、黒い羽が辺りに舞い散った。
「人間――どこまで私を追うのだろう。ここは最後の砦。絶対に渡さない。」
少女の周囲に多数の魔方陣が現れる。強い覚悟と静かな怒りの混じった声に少したじろいでしまう。
魔法術を霧散させ、武装を解いた。
やっとヒロイン出せました。 長かった……。