海と黒服の紳士
時間が空いてしまった……(´;ω;`)
「さんおいる? それ、何に使うの」
「さあ……妾にも分からぬ」
「二人とも海は初めてなのかしら? サンオイルは肌を痛めないよう、綺麗に日焼けする為に使うものよ」
まさか二人がサンオイル自体を知らないとは。
思い返せばノルはずっと地下にいたし、フロストも山岳地帯から檻の中。二人の経歴を考えれば気付けたはずだが、大声で自信満々に言いきった自分が少し恥ずかしくなる。
「ま、まあ先ずはこれを全身に塗ってからだ」
「うーん、私は日焼けしないから、いらない」
「妾も要らぬのう。日の光でもダメージを受けるとは、人間の肌は軟弱なのじゃな」
「嘘ん!? ……ちょっと待て」
今ちょっと聞き捨てならぬことを耳にしたような。
海へと向かう二人の肩をガシッとつかみ、やや強引に振り向かせる。そのまま三人で額を寄せ、俺は小声で確認を取る。
「ノルとフロストは日焼けしないのか?」
「当たり前じゃ。地上よりずっと光の強い雲の上を飛翔するドラゴンが、ただ飛ぶだけでダメージを受けていては目も当てられぬではないか」
「闇聖霊は、闇を管理しているだけ。別に光に当たっただけで死んだり傷を受けたりはしない」
「反論が出来る材料がないんだが、別にサンオイルじゃなくても日焼け止めもあるぞ?」
「日焼けに縁が無いから、どっちもいらない」
「ま、マジか……そんなバカな!」
折角のキャッキャウフフなイベントが、台無しじゃないか!
俺はガックリと、その場に膝をついた。
サンオイルを塗るイベントは、海では切っても切れない重要なイベントだと思っていたのに、種族差という思わぬ伏兵が潜んでいたとは!
「何だかよく分からない事になっているけど。私は塗ってもらうわ。シンヤ君、お願いね」
「お、おう。任せてくれ」
言うが早いか、ファナは俺が立てたビーチパラソルの下に布を広げ、うつ伏せに寝転ぶ。
俺は手に持っていたオイルの瓶を開け、少量を手に充分馴染ませてからファナの背中に塗り始めた。
「んっ……はぁあ、気持ちいい……」
「ファナ……頼むから変な声出さないでくれないか。こっちもやりづらいんだが」
「ふふ、ただ塗るだけではなくて、微妙に凝った所をほぐしてくれるんだもの。気持ちいいのは仕方ないじゃない?」
「それでもだな……っと、もう無くなったか」
オイルを追加し、今度は腰回りから脚にかけて塗っていく。
時々ファナが切ない吐息を漏らすせいで、ノルとフロストからの視線が痛い。何もしていないのに感じるこの罪悪感は果たしてどこからくるのか。やってることが際どい自覚はあるので、もしセクハラで訴えられでもしたら敗訴してしまいそうだ。怖いお兄さんが潜んでいたりしないか、ちらちら周囲をうかがってしまう。
「よし、終わったぞ。あとは前とか、見える場所は自分でやってくれ」
「ありがとう、シンヤ君。じゃあ、今度は私が……ハァハァ」
「あー、うん。別に俺は大丈夫だから、気持ちだけ受け取っておくよ……」
「ファナ、それ塗ってもらうのってそんなに気持ちいの?」
「そうよ? シンヤ君もすごく上手いし、気になるならノルちゃんもやってもらったら?」
「じゃ、じゃあちょっとだけ、やってもらおうかな?」
「むむっ。それならば妾もやってもらおうかの」
「だってさ、シンヤ君。よかったね?」
ファナが振り返り、意味ありげなウィンクを飛ばしてきた。
つまりは、今までの言動もそういうことなのだろうか。そういう理解でよろしいんですね? なんということだ。ファナさん、マジヤベェっす。ホントにありがとうございます。
「そういうことなら……じゃあノル。背中を向けて」
「水着は脱がなくてもいい?」
「そうだな、脱い……いや、大丈夫。水着の上からでいいよ」
危ない危ない、ノルは背中に翼があるから迂闊に肌を出せないんだった。わざわざ露出の少ないワンピースタイプの水着を選んだのもそのためだというのに。どれだけ煩悩に流されても、そこだけは間違ってはいけない。しっかりするんだ、俺。
決して爪を当ててはならないと細心の注意でもってゆっくり丁寧に、ノルの身体をほぐしていく。サンオイルを塗るというより、マッサージをしているといった方が正しいかもしれない。
「んっ……ふぅ……はぁ……シンヤ、凄く気持ちいいよ……」
「それは良かった。ノルに背中を任せてもらえるなんて、俺は嬉しくて泣きそうだ」
「ノル、そろそろ妾にも代わって欲しいのじゃ。ファナよりも時間がかかっておるではないか」
「フロスト、今いい所だからもう少し待って……」
「ふふ。シンヤ君、モテる男は辛いわね。私は少し泳いでくるわ」
ファナが離れてしばらくしてから、ノルとフロストが交代する。
フロストの人化では翼が出ないのでさえ気を付けていれば大丈夫……なのだが、無防備な背中を見せられると否応なしに落ち着かない気分になる。それに加えて色々と豊満フロストがうつ伏せになると、それはもう、横から眺める景色がかなり危ない。思わず鼻血が出そうなレベルである。
いや、ガン見などはしていないが。しばらくその光景を眺めていたせいでノルに頬をつねられたりなどは、断じてない。そんな事実はないのだ。
「シンヤ殿とお見受けしますが、随分楽しそうにしていらっしゃいますな。ぜひ私も混ぜていただきたいのですが」
「なぜ、俺の名前を知って……いや、何者だ? あんた」
突如現れたその男は自然に、場の空気に溶け込むように俺達の間に入ってきた。
質の高そうな黒いスーツをピッタリと身に着け、縁の細い眼鏡をかけている初老の男。
今となっては背後からの不意打ちなど取るに足らないと思えるほどに気配察知には敏感な方だと思っていたのだが、実際に近づいてくるまで気配を感じ取ることが出来なかった。
この隠密能力の高さといい、脳裏にヒューゴの姿がちらつく。こちらが何者か理解した上での接触だろう。とても無関係とはいえない。
「これはこれは。私としたことが、自己紹介を忘れてしまうとは。私はマリアナの勇者であるヒューゴ様の側仕えをしております、イルワという者です」
「やはりヒューゴの関係者か。わざわざ俺に何の用だ」
「そう警戒しないでください、シンヤ殿。こらに敵対の意思はございませんので。なに、非常に優秀な勇者様が現れたと聞きまして、こうしてご挨拶に伺ったのです」
「ご挨拶、ねえ。ここに来るまで、随分と熱心に俺の周囲を嗅ぎまわってくれているようだが?」
嘘をつけ。勇者ヒューゴの配下など、信頼できる要素が一つも見当たらない。
ご挨拶と言ったその言葉の奥に、どんな真意が隠されているのやら。経験も知識もないので権謀術数を尽くすことなど俺には不可能だが、せめてもの皮肉だけは言わせてもらう。
イルワと名乗った男のこめかみがピクリと反応する。が、しかしそれだけだった。無表情なその顔からは何も読み取れない。
「時にシンヤ殿。そちらが噂に名高い精霊で間違いないですかな?」
「そうだ。おい、立て。挨拶しろ」
「……ノルと、申します」
「ほう……美しい容姿をしている。触っても?」
ヒューゴの関係者の前で、ノルと普通に接するわけにはいかない。断腸の思いできつくあたったと言うのに、イルワとか名乗る男。おさわりを要求してくるとは、死にたいのだろうか?
奇しくもサンオイルを塗っている最中だ、手が滑っても誰も文句は言うまい。
いや、ともかくおさわりは厳禁である。ドントタッチ、ノーモアイルワ。
「止めておけ。ソレが従属しているのは俺だけだ。変に手出しして暴れられても困る。死にたくなければ手元に気を付けろ」
「なるほど失礼しました。ちなみにそちらのお嬢様はシンヤ殿の主様でいらっしゃいますか?」
「一従者風情のお前に話す義理はないな。挨拶だけならもう済んだだろう。帰ってヒューゴに伝えろ、情報が欲しければ自ら聞きに来いってな」
「ハハハ、これは手厳しい。ですが、分かりました。私は帰るとしましょう」
イルワの目が一瞬見開いたかのように見えたが、気のせいだろうか。ポーカーフェイスが上手すぎて分からない。こちらの内情を探っているようだったが、狙いまでは全く掴めなかった。
「そこの従者よ、他の六人も下がらせよ。不愉快じゃ」
うつ伏せのまま顔も上げず、フロストがイルワの背中に話しかける。どうやら他にも監視役のような者がいたらしい。ただ、イルワは少し立ち止まっただけで、これといった反応もなく立ち去って行った。
流石はフロストだ。俺は全く気が付かなかっが、もしかすると誰でも気付けるような監視だったのだろうか。それならば俺が試されていた可能性もある。
前言撤回しよう。やはり俺は気配察知には鈍感な男のようだ。
「シンヤ君、水着って素晴らしいわ! これ、うちで商品化してもいいかしら!? ……ってあら。みんな怖い顔してどうしたのよ?」
「いやあ、悪い。変な奴というか……アレだ、ちょっと不審者にからまれてだな」
「大丈夫だったの、それ……?」
「まあ実害はないし大丈夫だ。ノルとフロストも、ごめんな」
「私は問題ない……というより、シンヤに命令されるのも中々……ふふ」
「……クク、アハハハ、妾がシンヤの主じゃと! 面白い事を言うではないか!」
「ああ……何か大丈夫そうだな、二人とも。深刻に考えてたのは俺だけだったみたいだ」
俺の心中を察してか、ファナが無言で飲み物を勧めてくる。緊張で喉が渇いていたからか、一気飲みしてしまった。
こうなった以上は俺達の動向もヒューゴには筒抜けだろうし、近いうちにヒューゴが接触を図ってくるのも時間の問題だ。多分その時は交戦することになるだろうと、なんとなくそんな予感がする。
これから本格的にヒューゴを潰せるような準備をしなくてはならない。
もう二度と、ノルやフロストとの関係を踏みにじらせる訳にはいかないのだ。
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