マリアナ
青い空。
白い雲。
広がる砂浜。
そんな潮風そよぐ快晴の中、俺は熱したフライパンのようにジリジリと足裏を焼く地面すら忘れ、目の前の光景に涙を流していた。
左を見れば美女。
右を見れば美少女。
正しく両手に花だ。これが泣かずにいられるだろうか?
ここは、この世界でも指折りの観光地として知られる小国マリアナ。
水資源の豊かなこの国では水産業が盛んであり、真っ白な美しい砂浜とエメラルドブルーの透き通った海のコラボは筆舌に尽くしがたい人気を誇る。
国のトップはもちろん勇者であり、ノルやフロストを含め俺も随分と世話になった覚えがある。
勇者ヒューゴは自ずと知れた敵だ。
その本拠地に乗り込んだ今は決戦が近い事も理解している。
だがしかし、いくら敵地であろうと、俺がここで海を楽しんでいるのは決して罪などではない。
それはそれ、これはこれと言うやつだ。
マンガやアニメでは、よく敵のモノは全て邪悪であるかのような考えを持ったキャラもいるが、俺はその限りではない。ただでさえ娯楽の少ない世界なのだから、良い物は良いと言うし楽しめる物があればそれが多いに越した事はない。
と言う訳で一先ず俺、いや俺達は今、海辺の景観を楽しんでいる。
マリアナにはフロストの背に乗り空を飛んで来たのだが、上空から海を見下ろして瞳をキラキラさせているノルを見ては、これはもう遊ぶより他無いだろう。
……勇者? 気付かれれば頼まれなくてもあっちから来るだろう。
放っておけばよろしい。
海での息抜きを提案するとノルはもちろん、フロストも二つ返事で快諾してくれた。
ノルも喜んでいるし、恋人になったとはいえデートっぽい事もしていなかったし一石二鳥である。
そう思い海に行った俺だったが、そこで俺は深い絶望を知る事となる。
……この世界には、水着が無かったのだ。
思わず四つん這いになって叫んでしまった程だ。
「ぐぁぁ、何故だッ! どうして水着が無いんだッ!?」
「みず……ぎ? よく分からないけど、喉が渇いているならほら、あそこに飲み物が」
「いや……ノルよ。流石に飲み物ではないじゃろ。詳しいことは妾にもよく分からぬが、シンヤからは深い悲しみを感じるのじゃ。何かしらの精神攻撃を受けたのではないかの?」
「スピリチュアルアタック? もしそうなら術者を潰しに行かないと」
「しかし今のところ術者の痕跡は見つからぬな」
惜しい。フロストの推理はいい線をいっているが、しかし残念ながら敵は人ではなく現実である。
「い、いや大丈夫。少し残念な事があっただけだ」
「でもシンヤ、全く大丈夫そうに見えない。あまり騒ぎを起こしたくないのは分かるけど、このまま一方的に攻撃を受け続けるのは許容出来ない。……シンヤが心配だし」
「い、いや……本当に何でも無い! まあ大したダメージではないとは言えないかも知れないが、本当に大丈夫!」
「むぅ……分かった。でも、もし敵を見つけたら始末する」
「うむ、そうじゃな。折角の息抜きというシンヤの配慮は嬉しいが、それとこれとは話が別じゃ。自衛は大事なのじゃ」
「うん、まあ……そうだな。それより、細かいことは気にせず遊ぶぞ。折角の海だしな」
二人の背中を押し、少し強引に話を逸らす。
この世界の「海」のイメージとは、遊ぶ場所というより景色を楽しむモノらしい。
その証拠に、砂浜には手軽な食べ物やアクセサリー等の屋台がずらりと並んでおり、ビーチパラソルに近い形状の日除けと簡素なテーブルセットが数多く並んでいる。
海に来ている者の殆どは、まるで夏祭りのごとく屋台を楽しみ、そして心地よい潮風と寄せては返す波の音に浸っている。
泳いでいる者も決して少なくないが、普段着のまま海に入っているようだ。あれではろくに泳げないし、体にベッタリ張り付いた衣服が何とも不快な気分にさせるだろう。
……やはり水着は必須アイテムのようだ。
ええい、無ければ作ってしまえ。
「二人とも。悪いんだけど俺は少し外せない用事が入ってしまったから、もう行かなければならない。なるべく早く帰ってくるように頑張るから、それまで待っててくれ」
「ほう、用事のう。手伝いは要らぬのか?」
「ああ。今回は俺一人の方が効率がいい」
「どこに行くの」
「あー、うん。まあ街中かな。心配しなくても戦闘ではないから安心してくれ」
「むぅ……怪しい。そんなの、別に急がなくても」
「ああそうだ。これ、お金だけ渡しておくから、好きに露店を回ってもいいぞ」
取り敢えず白金貨を二枚程渡すと二人に「悪い」と謝り、俺は風のような速さで町の中心部へと向かった。
走っている途中で市場みたいな露店の集まりを見かけたので覗いてみる。
丁度いいことに、俺の探していた店はすぐに見付かった。
「んー、やっぱり肌触り的にはシルクが一番いいか。毎日使う物でもないから、強度とかその辺は目をつむるとして……」
「そこの君、私の店に何か用?」
「ん? ああ。少し布地を分けてくれないか。材質はシルクで、染色済みの……これと、そこにある色で」
「ふぅん、お客さんだったの。その若さだから冷やかしかと思っちゃった」
声を掛けてきたのはまだ二十歳くらいだろうと思われる売り子の女性だ。燃えるように紅い長髪をサイドテールに纏めており、ややつり気味で気の強そうな顔立ちをしている。
お客さんに対する第一声が「何か用?」と言うのは売り子としてどうなのかとは思うが、理由を聞けばうなずけそうな気もしてくる。
きっと彼女も色々と苦労したんだろう。
「冷やかしね。警備は雇わないのか?」
「金貨五枚ね。はい、まいど。ここは私一人で経営しているのよ? 商品を仕入れる量も限られるし、警備なんてとてもじゃないけど雇えないわ」
「そうか、商人ってのも大変なんだな」
「ま、そういう事よ。所であなた、その布地は何に使うのかしら? 差し支え無ければ教えて欲しいのだけど」
「そうだな……これを加工出来そうなスペースを探している所だ。どこか工房でも紹介してくれるなら教えてやる」
ニヤリと笑う俺に、彼女は肩をすくめて微笑みを返してくれた。
「タダでは転ばないその姿勢、気に入ったわ。お店の奥を貸してあげる。色々な素材を扱う分、加工用の器具なども揃っているし。その辺の工房よりも使い勝手はいいはずよ」
「助かる。ええと……」
「私はファナ。ファナ・カルデアよ」
「ありがとう、ファナ。これで水着が作れる」
「みずぎ? 聞いたこともないけれど、どんな物なの?」
「やっぱり皆知らないのか。水遊びをする時に着る、機能性とファッション性を求めた服の事だよ」
「何だか凄い響きね……ファッション性と聞くと私も興味が出るわ。その水着っていうの? もし良ければ私の分も作ってくれないかしら。もちろんお金は払うわ」
「んー、まあいいか。布地だけ選んでおいてくれよ」
奥の作業場に着くなり、さっさと作業を開始する。
何となくファナの分の水着まで約束してしまったが、ノル達も待たせているし、とにかく早く帰りたい。
【ステータス開示】を使ってこっそり取っておいたデータを元に寸法を計り、繊維を傷付けないために専用の器具を使って布地を切断していく。器具の見た目は完全にチャコペンなのだが、魔力を流す事によりなぞるだけで布地を綺麗にカット出来る。どんな構造をしているのか、断面にもほつれ防止の加工が自動でされるのには驚いた。
布地をパーツ毎に処理すれば、後は縫い合わせるだけだ。
どうにも針仕事は苦手な俺だが、この世界では、別に針を使う必要も無い。逢わせたい部分を適当に並べ、魔法術を掛ければ完成。
努力も達成感も無い代わりに、超が付くほど便利である。
「凄い……ねえ、君。今の魔法術、どこで教わったの?」
「あぁ、名乗るのを忘れていた。俺は水澄深夜。気軽に深夜と呼んでくれていい」
「シンヤ君ね。分かったわ。さっきの魔法術、布を一瞬で合わせるなんて聞いたことも無いのだけれど。針を使うのが主流なのに、この魔法術は革新的だわ!」
おっと、ファナ……凄く顔が近いです。
座って作業をしているから、当然後ろから覗き込まれる形になるのだが、そうやって肩から身を乗り出されると色々とヤバい。
少しでも顔を動かせばすぐにでも頬が触れる距離で、ファナの薔薇に近い香水の香りが理性を擽ってくる。
非常に嬉しい事ではあるが、こんな所をノルに見付かったらと思うと少し怖い。
「ねえ、シンヤ君。取り敢えず一着完成したみたいだけど、これって明らかに女性用よね?」
「まあな。いや、別に俺が着る訳じゃないぞ? だからそう変な視線を向けるのは止めてくれ。連れが二人居るんだよ」
「ふーん。それで、お二人さんは今何処にいるのかしら?」
「海に居ると思うぞ。……よし、フロストの分も完成っと」
「あ、私のはこれでお願いね。デザインも任せるわ」
ファナから差し出されたのは、明るい赤色に染められた布。
髪と同じ色だし、明るく活動的なイメージは彼女の雰囲気にもよく似合っていると思われる。
一通り考えた後、適当に採寸をして製作を始めようとしたのだが、しかし俺はそこでふと手を止めた。
「なあファナ。一つ問題があるのだが」
「何かしら。対価なら……そうね、金貨三枚でどう?」
「いや、お金は後ででもいい。ただ、採寸しないと作れないんだ。一度寸法を取らせてくれ」
「……ぁ。そ、そうよね。分かっているわ。さあ測りなさい」
危ない所だった。【ステータス開示】を使えば寸法なぞ丸分かりだが、教えてもいない情報が知っているなんてどう見てもおかしい。疑われたら一貫の終わりだ。
出来るだけ手早く寸法を測るフリをしていく。数字なぞ後で【ステータス開示】が教えてくれるから見なくてもいい。
……いや、訂正しよう。数字など見れない。
ファナがほんのり頬を染め、緊張したようにもじもじしているのだ。出来るだけ変な場所に触れないように、そして思考に邪心が紛れないようにするだけで俺は精一杯だった。
「……ファナ。頼むから、そう身動ぎしないでくれ。凄くやりにくいんだが」
「だって、色々な所を見られて触られていると思うと恥ずかしいじゃない」
「そういうこと言うなよ。俺だって考えないようにしてるんだぞ。もう少しで終わるから、嫌でも我慢してくれ」
「別に嫌ではないのだけど。紳士的なのね、シンヤ君は」
「茶化すなよ。ほら、終わったぞ」
適当なタイミングで採寸を終わらせると、俺は逃げるように水着の製作に取り掛かった。元から構想は練っていたし、作るのはそれほど難しくもない。
僅か数分で出来上がった水着は、ワンショルダータイプのフリルが付いた水着だ。
【ステータス開示】で想像したというか採寸した時でもそうだが、ファナは起伏に乏しくスレンダーな体型をしている。
別に貧にゅ……いや、そのスレンダーな体型をファナがどう思っているのかは分からないが、まさかそれを本人に尋ねる訳にもいかない。
着た時にそれなりに誤魔化せるようなデザインが良いだろう。
スタンダードなビキニでは身体の線が浮き彫りになるものの、フリル付きであれば、上手い具合にかさ増しをしてくれるに違いない。
「出来たぞ。これがファナの分だ」
「ありがとうシンヤ君。ところで、この水着はどう使えばいいのかしら?」
「泳いだり水遊びをする時に、それを一枚で着るんだよ。遊ぶ時は濡れた身体を拭くタオルと着替えが必須になるな」
「えっと、シンヤ君。こんな露出度の高い服装が水着なのかしら? 下着との違いも見当たらないわ」
「いや、露出もファッションだろ。と、取り敢えず俺は要望通り水着を作ったからな! 使う使わないはファナの自由だし、好きにしてくれ。じゃあな、人を待たせているから、これで」
三十六計、逃げるに如かず。
俺はさっさと荷物をまとめ、未だ戸惑いを見せているファナを置きざりにして外に出ようと一歩踏み出した……所でファナに腕を捕まれた。
とても強い力で腕を掴まれている。逃げられそうにもない。
振り返るとファナがこちらへ満面の笑みを浮かべていた。
「私も一緒に行くわ。……海に、ね」
「あー、そう来ちゃったかぁ……」
俺は空を仰ぎ、静かに嘆息した。
出す予定の無い新キャラを出してしまったぁぁぁーーー!
あんまり人が多いと書けなくなる…
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今後とも、転職魔王の勇者討滅録を宜しくお願いします!!




