ノルの一喜一憂
お待たせしました。
自分でも予期せぬ方向に話が進んでいまして、少し慌ててます。
―――シンヤに大変なことをしてしまった。
まるで全力で運動をした後のように息が苦しい。バクバクとやけにはっきり鳴り響く心臓はそのうち破裂するのではないかとも思えるほど。
じっとりと嫌な汗が頬をつたい、かろうじて棺の元までたどり着いた私はその場に崩れるように倒れ込んだ。
刀を振り下ろしたのは無意識で、フロストに止められるまで自分でも気付けなかった。
普段の自分ならそんなことはあり得ない。ましてや相手がシンヤなら尚更だ。
実戦の時でさえ「シンヤの為なら」と無理矢理我慢して攻撃しているのに、自分から、それもシンヤが動けないのを知っていながら、まるで止めをさすように刃を向けた自分が怖くて仕方がない。
自分ではない誰かが介入してきたようにその時の事ははっきり思い出せず、未だ心の奥深くでは悔しくて悲しいようで、苛立たしさも感じられる、得体の知れない感情が渦巻いている。
もう何もかも終わってしまった。
誰が自分に刃を向けるような相手を好きになると言うのか。
あの瞬間、止めに入ったフロストの後ろで驚いた表情をしていたシンヤが目に焼き付いて離れない。
―――きっと幻滅された。きっと嫌われた。隣に寄り添って甘えることも、頭を撫でてもらうことも、優しく抱き締めあう時間も、今まで積み上げてきた幸せな日々は二度と戻ってこない。
溢れる涙を堪えきれず、人目も気にせず大泣きした。
「嫌………別れたくない。シンヤが居ないと寂しい」
絞り出すように吐き出した弱音は誰に向けられたものか。
頭にポスッと軽い衝撃を受けて振り向くと、呆れたような、それでいてどこか嬉しそうな表情のシンヤが私の頭を優しく撫でた。
「何か色々とごめん。でも俺、別れ話とかしたか? ノルを手放すつもりは無いんだけど」
「で、でも………動けないシンヤを攻撃した。そんな危険な相手は嫌でしょ?」
「ブフッ………アッハハハハハ!! ノルは冗談が上手いな。俺はてっきり、半年も寝ずの修行しておいて俺が弱すぎるからかと思ったよ」
「シンヤが頑張ってるのは知ってる………けどそんなことより、流石にシンヤでも笑うのはひどい!」
腹を抱えて笑い転げる姿に流石にむっとした私は、頬を膨らませジト目でシンヤを睨んだ。
「いや悪い悪い。面白過ぎて、つい。だって一番最初、ここで会った時はいきなり斬りかかって来たクセに、今更気にするなんて可笑しいだろ?」
「………それはそうだけど。あの時とは立場が違う」
「変わらないさ。俺はノルに一目惚れだったんだから、今も前も同じだ。むしろ俺、ノルと付き合えて毎日舞い上がってたくらいだし、やっぱりノルは俺の大事な彼女なんだなって再確認した。実技とか一回も勝てた事無いし、もしかして俺に怒ってるんじゃないかってずっと不安だったんだぞ?」
「実技は………別に悪くないし、別にシンヤにも怒ってない」
「そっか。良かった」
慈しむような柔らかい笑みに、思わず視線が吸い込まれる。
視線が合った時、不意に腕を引かれた私はシンヤの胸に抱き止められた。毎日毎日厳しい修行を積み重ねてきたであろうシンヤの身体は細身ながらがっしりとした筋肉がついており、少しかたい弾力のある感触は守られているみたいな安心感があって、ずっとここに居たいとさえ思う。
ふわふわした気分も束の間、シンヤは私の身体を強く抱き締めて耳元で囁いた。
「ノル、大好きだ。愛してるよ」
―――ぁ………もう駄目。幸せ♡
ただでさえシンヤの言葉には弱いと自覚しているのに、こんなのは反則だと思わず赤面してしまう。脳内がトロけてボーッとしてしまった私は、ハッと気付くと堪えきれない恥ずかしさに身悶えた。
ここ最近感じていなかった嬉しさが爆発したように歓喜の渦が全身を包み込み、もやもやした感情が全て洗い流されていく。
思えばこの半年間、シンヤとはあまり関われていなかった気がする。ずっと同じ場所にいてシンヤが怪我をすれば助け、実戦では相手になっていたが、プライベートな面での関わりは無かった。
私から関わらなかったのは修行が始まる前、フロストに「シンヤを甘やかしてくれるな」と言われたから。不本意だったけど、甘い考えで勇者を相手にすると真面目に殺されかねない。
でも、それでも! シンヤから来てくれる分にはいつでもウェルカムだったのに………!!
私の方はずっとシンヤに甘えたくて仕方なかったのに、よりによって修行一本だけにずっと集中しているなんて。毎回傷だらけで帰ってくるシンヤを見る度にツラい気持ちになるばかりか、疎外感も感じて寂しい。
膝枕で休ませてあげたりなんかは頼まれればやったのに、と少し凹んでしまう。身体が小さいから寝心地もあまり良くないかもしれないけど、こういうのは理屈じゃないはず。
(もしかして苦痛な方が好きだったり? そんな雰囲気は無かったけど………いやいや、何を考えているのっ!?)
変な想像をしかけ、慌ててその考えをゴミ箱へ叩き込む。
とにかく半年間も私を放置した罪は大きい。ここで抱き締めてくれたのは加点評価をしてもいいけど、まだまだこんなものでは許す訳にはいかない。シンヤ、今日こそ覚悟。
「あーごめん。急に抱き付くとか迷惑だよな」
「えっ………」
申し訳なさそうな顔でシンヤが腕を離し、距離を置く。
………ハイ、幸せタイム終了。
しまった! 腕を回し返すのを忘れていた!?
とんだ大失敗だ。幸せにうつつを抜かして周囲へ気を配るのを忘れていたなんて。
「じゃあ、俺は修行に戻るよ」
「もう戻るの? 折角二人きりになれたのに………」
「すぐに強くなる訳じゃないしな。今度は新しい修行メニューなんかも考えないと。だから、ごめん。それまで待ってて」
「………うん。頑張って」
その場を立ち去るシンヤを精一杯の笑顔で見守って、私はその場にストンと、繰り糸が切れた操り人形のように力なく座り込んだ。
この半年間の間、ずっと我慢してきた。あまりにも関わりが無さすぎて「もしかして嫌われてしまったのか」と不安に泣いた事もあった。
まるで修行にシンヤを奪われたみたいで嫉妬や孤独感を感じていたのも事実で、その埋め合わせは中途半端にくっついていた位では到底足りない。
「依存しすぎかな………でも私を放っておくシンヤも悪い」
「どっちもどっちじゃろ」
「わわっ、フロスト!? いるなら声掛けてよ!」
「今掛けたではないか!」
「ああ………ごめんなさい」
「そんな事はどうでも良いのじゃ。全くお主と来たら………何を思い悩んでおるのか心配してみれば、流石は精霊というのも伊達ではないのう」
「何か、精霊っていう所に悪意を感じる」
「それはそうじゃろ。こんな恋愛下手で、よくも繁栄してきたものじゃと、つくづく思い知らされる」
「じゃあ教えて。どうしたら寂しくなくなるの」
「一緒に居れば良いではないか。我慢出来ぬのじゃろ?」
「そんな………甘やかすなって言ったのはフロストだよ」
「安全第一のような甘ったれた修行をされては困ると言っただけじゃろ。ノルがシンヤに会ってはならぬとは一言も言っておらん。変に深読みするからじゃよ。会いたければ会いに行けば良かろ?」
―――会いたければ会いに行けばいい。
まさかこんなに単純に解決するなんて。
ずっともやもやしていた心に、雷に打たれたような衝撃が走った。天啓をもたらしてくれるフロストが輝かしく感じる。思わず手を叩いてしまった。
「その手があった! フロスト天才」
「この程度で天才かの? 端から見るとバカみたいで、素直に喜べん評価じゃな」
「でも私は大いに助かった」
「そうか………もう何も言うまい。ほれ、行ってこんか」
「ありがとう!!」
何故かどっと疲れた様子でこめかみに手をあてているフロストを余所に、私はシンヤの元へと駆け出した。
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