強く
お待たせしました。遅くなってしまい申し訳ございません。
今回も少し長くなっています。
リエル村、旧ダカル家。
以前はダカルの部屋として使われていた広い部屋で、俺は正座という慣れない体勢にプルプルと足を震わせているノルとフロストの前にいた。
威厳たっぷりを装って腕を組み仁王立ちで、眼光は鋭くキリッとした表情を作る。
うるうるした瞳をこちらに向け、小動物のように小さくなっているノルには、こう胸の奥にグッと来るものがあるが敢えて無視だ。ここで相好を崩してしまえばお説教タイムが台無しになってしまう。
あの後逃げ出したノルを追いかけて家の中へ入ると、全くの健康状態でピンピンしているフロストがいて、「何故無事がバレたか」とばかりに驚愕の目で見られた。恥ずかしさ故か部屋の隅で小さくなっていたノルに向けたフロストの第一声が「ノルよ、何故シンヤを連れてきたのじゃ!?」と、まるで俺を切り捨てて逃げる事が前提だったような物言いで、俺は再三に渡って不意打ちの謝罪を行った。フロストの態度は意外にも随分とあっさりしており、早々に許しを得た俺がホット息を撫で下ろしたのだが、問題はその先にある。
お互いに被害者同士だったはずのノルとフロストが隅っこに固まって何やら論争をしており、気になって詳しく問い詰めた所、長い問答の末に語られたのは冗談も真っ青な恐ろしい計画だった。
話を要約すると、事の顛末はこうである。
遡ること数日前。俺がガザルとの戦いで消耗し眠っている間、二人は勇者に似た気配と刺々しい空気があることに気付いた。もしや第二の勇者の襲来かと身構えたが、いつまでも襲われることは無く、俺に夢中なノルはともかくフロストは俺が勇者になったのではないかと疑った。
だが、目覚めた俺からは何の敵意も無く、それでいて怪しい気配は消えない。特にノルとくっついてからは俺が勇者である可能性を完全に消したフロストは、次第に他の勇者が監視しているのではないかという仮説を立てた。
本来なら殲滅の対象である人外の種族と行動を共にしている俺の行動は、他の勇者が十分警戒するに足る理由にもなる。とは言え、力で言えばガザルを下した先例があり無駄に争う訳にもいかない。どっち付かずの結果がとりあえず監視しておくことだったのだろう。
怪しい気配は二日ほどで姿を消したが、フロストは俺が十中八九、気配の勇者と接触を持つだろうと予想して動き出す。
勇者に会った俺がどう行動するかは分からない。脅しを受けての裏切りか。勇者へ転化しているのか、はたまた反抗するか。どの場合でも勇者の脅威を逃れられるよう、フロストはあらかじめ事前策を練る事をノルに相談したのだが、ここで一つ大きな問題が生じた。
「こんなことはあまり言いたくなかったのじゃが」と前置きし、フロストは語る。
「シンヤが勇者と結託していてものう………。お互いに協力などせずとも、勇者でもない一般人の一人、どうとでもなるのじゃ。もし勇者が付いたとして、戦って勝つなら難しくなろうが逃げるだけなら楽なものよ」
「そ、そうか。まあ………俺は弱いもんな」
「分かっておるではないか。問題とはそう、シンヤの弱さじゃ。正直言えば今のレベルでは話にもならぬ。生涯をノルと共に添い遂げるというのなら、勇者を単独で狩るくらいはして見せよ。もし出来ぬと言うなら………ノルは諦めることじゃな。安心して背中も預けられぬ程度の男など妾が許さぬ」
「う、うぐっ。心が痛い………。」
「妾が危惧したのは、シンヤが共に逃げる決断をした時の事じゃ。この際はっきり言うが、実力の足りないシンヤは足手まとい。ただのお荷物じゃ。のう、ノル? お主からも言ってやらぬか」
「ええと、まあ? 私は………別に、シンヤがいた方が嬉しいけど? でも、フロストの言うとおりシンヤが弱いのも事実というか………。でも、シンヤが弱くても私が守るよ!」
「………俺は足手まとい。そうか、ソウデスネ」
「そうじゃ。今まで妾達がシンヤの側にいたのは、シンヤに「ガザルを倒した実力者」の権威があるからに過ぎぬ。その権威の庇護下でなら、シンヤに挑むものも少なく安全だったからじゃ。しかし、こうして的にされると分が悪い。実際のシンヤには勇者を打ち破るだけの力が無いのじゃから、張りぼての権威を振るった所で墓穴を掘るだけに終わってしまう。じゃから妾は、シンヤが強くなることを願って敢えて見放す決意をしたのじゃ」
「敢えて見放す………? フロストが死んだフリをしたのはそれなのか?」
「如何にも。シンヤが妾達を拘束しようとした事を好機に、妾は傷を負ったフリをしたのじゃ。死んでしまった設定上、後のことはノルに任せきりになってしまったのじゃが……… 要はそれによってシンヤが強くなるかと思ってじゃな」
「フロストの死んだフリって結構酷かったよな。あれ、幻覚でも見せていたのか? 顔の表面とか肌が崩れ落ちていく所とか、下手なホラーより怖いわ。って、そんなので俺が強くなるか? なる訳無いだろ!?」
「いや、あれはただの脱皮じゃ……… 元の竜状態の表面積分だけ皮が落ちるから、人化していると少しだけ見栄えは悪くなるのう。ただ、おかしいのじゃ、どこで計算を間違ったのか。妾の計画では………
仲間を失う
↓
恋人も失う
↓
原因を作った勇者を恨む
↓
復讐のため修行し、強くなる
と、これを見越しての計画だったのじゃが? 全く、シンヤにべったりなノルを説得するのは骨の折れる仕事だったと言うのに。一日も離れたくないと駄々を捏ねられたのには流石に辟易としたのじゃぞ?」
「フロストは思慮深いお姉さん的な感じだと思ってたのに、随分雑だな!? 俺には、ノルもフロストも居なければ駄目なんだよッ!! 勇者のクズさは言われなくても分かってる。もしあのままノルに見捨てられてたら、フロストの読み通り勇者を潰しに行ったかもしれないが、でも俺の心は確実に壊れていた。まあ自分の気持ちも再確認出来たし? その点ではよかったと思うけども! もっと優しいやり方は無かったのか!?」
「や、優しさなど知らぬわ! とにかく、シンヤが強くなれば良いと思って、そういう訳で一計を講じたというのに、ノルのやつめ。あっさり籠絡されてくるとは情けないのじゃ」
「あ、あれはシンヤが……… あんなこと言われたら、もう駄目」
ノルとフロストが騒ぐ一方、俺は自身の弱さを深く受け止め、また反省していた。フロストの言葉に容赦はなく、俺の精神をガリガリ削っていくようだったが、何一つとして間違ったことは言っていない。俺の個人的な実力が乏しいばかりに二人に負担を強いてしまっていたのが情けなく、自分の身勝手さに呆れてしまう。「それはそうとしてやり方が酷い」と、つい説教をしてしまったものの、やはりまともに勇者を相手取る実力は必要になってくる。
「強く………俺はもっと強くならなければ」
頬を叩いて気合いを入れた俺は、正座後の痺れた感覚と戦う二人に向き直った。
「フロスト!!」
「まだ何かあるのかの? お説教はごめんなのじゃ………」
「もっと強くなるよ。「勇者を単独で狩るくらいはして見せよ」だっけ? 必ず倒すさ」
「そうか、やる気になったのじゃな? ふふふ、修行するなら相手くらいにはなってやるぞ」
「うん、ありがとう。ノル!!」
「言いたいことは大体分かるけど、聞いてあげる」
「絶対に幸せにしてみせる!!」
「えっ、ええっ!? うぅ、予想と違う。いつもみたいに「勇者からは俺が守る」とか言うと思っていたのに……… も、もう幸せだから………」
赤面して小さくなるノルを抱き締め、俺は「打倒ヒューゴ」の目標を掲げ決意を新たにした。
所詮世の中は弱肉強食で、失わない為には奪いに来る者を狩らなければならない。単純なことだが、力が無くて為すことは叶わず、闘志が無ければ道半ばで折れてしまう。
力ならガザルから奪った。勇者の指輪は今こそ小さな種だが、育てれば他の勇者にも対抗できる力になるだろう。
戦う理由なら、ノル達と平穏に過ごすということだけで十分だ。
日常を壊すというなら、逆に狩り倒してやる。
「やれやれ、シンヤも漸く意思が固まってきたかの。遅いのじゃ」
フロストが見つめる先には、ノルを抱き締める後ろで獰猛な獣のように瞳を光らせるシンヤの姿があった。
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既にダカルの家は、勇者にその場所を知られてしまい、このまま留まるのも危険だろうということで早速場所を移動することを決めた俺達は、まだ夜も明けないうちに荷造りをしてリエル村を出ていった。
当座はノルが前にいた地下湖で過ごすつもりだが、向かう道中では冒険者としてモンスター討伐をしつつ、修行の一環とする。今回は馬車も使わず徒歩で行くため、体力の向上にもなるだろう。ノルとフロストにはわざわざ付き合って貰って申し訳ないと思うが、二人はさして気にしていないようだった。特にノルは軽い旅行気分ではしゃいでいる所がかわいい。
手始めにコクリの町へ足を運んだ俺は真っ直ぐ冒険者ギルドへ向かい、次の町に着くまでの資金を稼ぐべく適当な依頼を受けた。その間ノルとフロストは食料や旅の必需品などを買いに市場へ出ている。
「ううむ。大鬼十体、狂犬、フレイムオロチの出現……… わりが良いのはこの辺りか」
「おいおい、あの少年、まさかあのクエストを全部やる気なのか? いくらなんでも無理だろ………」
「いやいや、量もそうだがあのクエストの難易度もだ。絶対死ぬぞ………」
適当に依頼を選んでいる俺を余所に、周囲の冒険者がざわめきを上げる。
このくらいのモンスターなら結構簡単に討伐出来そうだし特別騒ぐ程の事でも無いが、きっと小さな町の冒険者だから手練れがあまり居ないのかもしれない。リエル村を取り戻すために一斉蜂起した冒険者達の多くが犠牲になったのも原因の一つだろう。
俺はさっさと受注を終えると、特段気負うこともなく討伐に向かった。場所はミレイ大草原だ。
「修行の第一歩か………さっさと終わらせよう」
モンスターの討伐も修行だ。魔法術を使えば一瞬でミンチに出来るが、今は使わない。魔法術の使用はあくまで補助のみ、かつ肉体強化は使用禁止。武器は手元にある黒い大剣と、ナイフが数本だけ。
黒い大剣は、ダカルが使っていた物だ。ノル達は何だかんだ言いながら、ちゃっかり見付けてきてくれた物だ。その大きさに反して重量はそこまで重くなく、結構扱いやすい。
まずは大鬼―――人と似た見た目で、図体がデカイだけ。弱点も多く、比較的倒しやすい。心臓をひとつき、首をはねれば緑色の体液を撒き散らして倒れる。気持ち悪さに顔をしかめながら、討伐証明に牙を折ってリュックに詰めた。収納魔法術も封印し、筋トレ代わりに牙を背負う。二十体程狩って止めた。
続いて狂犬―――とにかく凶暴極まりない犬で、大型犬くらい大きく五匹単位の群れで襲ってくる。胃液もかくやという程の刺激臭を放つ唾液を撒き散らし、噛まれれば喉から胃液を出して対象を溶かし捕食する。まさにカオスな犬だ。大剣だと小回りが利かない為、両手にナイフでちまちまと攻撃していく。足の腱を切り裂き自由を奪うか、首を掻き切るかのどちらかだ。こいつは尻尾が討伐証明になる。五つの団体を狩り、二十七の尻尾を獲得。
最後はフレイムオロチ―――ミレイ大草原の主だ。火山でもないのに赤熟した甲殻を持ち、溶けた鉱物が鱗をコーティングしている。炎を纏っているというのに水辺の穴に潜んでいるミスマッチ感が何とも言えない。巣穴に石を投げ込んだだけで、フレイムオロチは機嫌を損ねたようにのそりと出てきた。流石に大草原の主というだけあって魔法術無しでの戦闘は堪えたが、ブレスを吐く際に口を開ける為、ナイフを投げ込みのたうち回っている所を大剣で三枚おろしにしてやった。探し回って三匹狩り、討伐証明にその頭を持ち帰る。
ギルドに戻り素材を出せば周囲が騒然となったり、後に迎えに来たノル達の美貌に他の冒険者達が血涙を流すなど紆余曲折あったが、一日頑張ったお陰で懐は大分潤った。ヘトヘトで宿のベッドに倒れ込んだ俺は、主に肉体強化だが自分がどれだけ魔法術に頼っていたのかを実感した。
「ま、鍛練は大事だな。これからは意識していかないと」
修行の旅はまだ始まったばかりだ。
色々説明不足というか、設定の差異だとか、誠に申し訳ございません。
随時直していきますので、ご意見ありましたら是非よろしくお願いします。
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今後とも、転職魔王の勇者討滅録を宜しくお願いします!!




