無力
お待たせしました。
今回も少し長いです
リエル村を抜け、ミレイ大草原に来た所で勇者は立ち止まった。村の入り口付近ではあるが、夜のミレイ大草原を訪れる人間は居ない。暗闇の中での戦闘は危険なため、普段は激しい戦闘音の響くものの夜は嘘のように静かだ。
精霊やドラゴンを匿っていると知られれば、勇者による襲撃がある事に関してもある程度は覚悟していた。いつまでも隠し通せると思うほど楽観視もしていなかったが、極力バレないように注意だけは払っていたはずだ。
まだ数日、またはこの先半年くらいはは大丈夫だろうと思っていただけあって、今回の勇者の訪問は早すぎる。
ガザルを相手にしアルトイラ王城を抜け出す際、満身創痍で周囲に気を配る事もなくフロストに抱えられて飛び出した。誰かに見られていたとすれば、その時が怪しい。
十分な警戒態勢をとりつつ、目の前に対峙する勇者を睨む。指輪の力があるからとはいえ、ただ貰っただけ。ただでさえあれから一度もまともに力を振るった事も無いのに、目の前の勇者に勝利しようというのは無謀に過ぎる。
指輪かは知らないが、何らかの力をあの勇者もまた持っている。出来る事と言えばせめて冷静さを欠かないように、状況の整理だけは怠らない事だ。
(話をするのに、人に聞かれたくないのは分かるが……… わざわざこんな開けた場所に来るとは。クソッ、あの南国勇者め。狙いは何だ? 俺の家族とか言った時点で、既に勇者にはノルとフロストの存在が割れてる。あの二人がそうそう負けるとは思えないが、まさか!? じゃあ、俺に接触した目的は………交渉か、それとも粛清。あっちは俺を勇者として見ているようだし、他種族とつるんでいるとかだったら、俺を殺す大義名分もある!!)
「どうしたんだぁ? そんなにこわーい顔をしてよぉ。安心しろよ、今日は戦闘する気はねえ。それより君の家族の事だろう? 勇者の癖に、つるんでいるのは精霊にドラゴン。特殊と言うには少々やりすぎじゃないかぁ? 確かに亜人の一人や二人、傍に置くには丁度いい道具だぁ。ストレスの捌け口にもなれば、雑用奴隷として置いている勇者もいる事だしなぁ。ただ、君の元に居るのは、奴隷と呼ぶにはあまりにも扱いが優しい。 亜人は殲滅対象。それとも、人間の形をしたゴミ共に絆されたというのかぁ?」
「ノル達がゴミだと………? ふざけやがって。 一応聞くが勇者。あの二人を殺したのか?」
「俺は確かに勇者だがぁ……… ヒューゴという」
「質問に答えろ。俺は名を聞いた覚えは無い」
「おお、怖い目だぁ。だが君はまだ若いからな、子供と言っても差し支えない。あの者達は人間では無いが、見事な美形揃い。色恋に盛んな時期の君が騙されたのを責めるつもりはねぇ。安心しろ、君の玩具を壊す真似はしてない。今回は見逃してやるからさぁ。今すぐ殺すか、鎖に繋いでおけぇ。出来るなら勇者同士の無用な戦闘は避けたいんだぁ」
「………そうか。お前は、わざわざそれを伝えに来たのか?」
「ガザルが死んだという知らせがあってねぇ。興味本意で調べてみれば君は異端者じゃないかぁ。ただまあ、まだ子供だぁ。その歳で勇者とは恐ろしい才能だし、消してしまうのも忍びない。だから一度だけ、君にチャンスをやろう。賢明な判断に期待しておくぜぇ?」
ニヤリと不敵な笑みを残し、勇者は掻き消えるように一瞬で姿を消した。しばらくその場に留まっていたが、これ以上干渉してくる気配は無い。大きく深呼吸し、静かに瞑目した。
【肉体強化:基礎身体能力補正値八百パーセント】
「クソッ、クソッ、クソがぁぁぁあぁ!!!!」
ただただ地面を踏み鳴らし、不満を吐き出す。ただの八つ当たりで、その行為自体に意味はない。だが、例え意味が無くともそうせずにはいられなかった。
ガザルの時は、たまたま運が良かっただけだ。
フロストの解放を知らないガザルは、手負いの俺を前に油断していた。だが、次はそうもいかないだろう。勇者という肩書きが付いている以上、相手も油断はしない。
俺の後ろには二人が控えているし、攻めと守りでは守りの俺のほうが不利な立場だ。ノル達は大人しく守られているような存在では無いが、もしもの事があったら、その時まで俺が冷静である自信は無い。
ひとしきり暴れると、地面には隕石が降った後のようなクレーターが出来ていた。魔王の加護によって基礎能力がはね上がった上に、八倍の肉体強化。一発蹴るごとに地は激震し、波状の衝撃波を伴って足場が陥落する。天変地異もかくやと思われる惨状の中心で、俺はただただ自分の無力を嘆いた。
「賢明な判断に期待か………俺がノル達を殺すのは論外。そもそも襲ったとして、返り討ちに遭いそうだ。となれば、奴隷にしたと見せかければ………ん? いや待て、あのヒューゴとか言う勇者はどうやってそれを知る・・・・?」
アルトイラで重鎮達と会合した別荘からリエル村までは、転移で帰って来た。別荘でヒューゴと話してからはさほど時間は長く経っていない。そもそも行きの馬車で半日の距離があるにも関わらず、ヒューゴは俺の転移に合わせたタイミングで現れた。
話ぶりからすると俺達の内情について大分知っているような口振りで、余程調べたであろう事が伺える。
つまりヒューゴという勇者は、何らかの長距離移動手段を持ち、さらには隠密に情報収集をする術があるという事。
掻き消えるように姿を消したのも、勇者の持つスキルかもしれない。であればこそ、監視の目がある事も前提に行動していかないと、思わぬ落とし穴に嵌まる可能性が高い。
「チッ、厄介極まりないな。事情を話して、それとなくフリをしてもらおうと思ったが、そういう訳にもいかなそうだ。本格的にノル達を縛り上げる算段を立てないと、最悪の場合今日襲われるかもしれない。もしやるなら、俺が家に帰った瞬間だ。抵抗を許さず、二人同時に無効化して動きを封じる………」
考えることは、如何にしてノル達への襲撃を成功させるか。恐らくは俺を監視している勇者をどう誤魔化し、見逃して貰うか。力では勝てないが故に、突きつけられた選択肢に苦悩している。
そこにはノル達を守ろうと誓った時のような強い意志は欠片もなく、長いものに巻かれるしかないと諦念する弱者がいた。
勇者の警告を無視し、はね除ける程の力も無いのに「守る」などと嘯き、いざ何かが起こった時には平気で他人に最悪を強いる。
俺はそんな最低なクズだった。
どんなに嫌気が差し、どれほど自分の無力を嘆いても何ら変わりはしない。これ程迷惑を振り撒き、異世界に来てまでどうして生きているのか、自分の存在意義すら怪しく思える。
ついに慣れ親しんだダカルの家が見えてきた。少し前までは安心感溢れる自宅だったというのに、他の建物よりも少し贅沢な作りの景観は悪魔の住まう場所のように見えた。入り口へ向かう足取りも重く、これから生け贄にされるような気分だ。
あのドアを開けてしまえば、何もかもが終わる。事情の説明などする暇もなく、積み上げてきたもの全てが容赦なく崩れる瞬間がやって来る。ノルとフロストとの縁はここで切れ、信用を失う代わりに恨みを買うだろう。もしも拘束に失敗したとして、その場で殺されても俺に文句は言えない。
ノル達を連れ出したのは俺で、そのせいで二人は命を狙われる事になってしまっている。俺を殺すだけで気が済むのなら安いとさえ思った。
一つ大きく深呼吸し、俺は家の扉に手をかけた。震える手を無視して一気に扉を開け、中に突入する。
「あっ、シンヤ!! おかえりなさい!」
「うむ、おかえりなのじゃ。夕食の準備は出来ておるぞ」
「ああ、ただいま。遅くなったな………ごめん」
満面の笑みを浮かべたノルが俺の腕をとり、微笑ましそうな顔をしたフロストも玄関先まで出てくる。これから起こる事を知らない二人には届くはずも無い謝罪は、「気にしていない」と笑う二人にあっさり砕かれてしまった。失敗は許されない緊張感からか心臓の鼓動が高まり、首や背中にじっとりとした嫌な汗が滲む。
【肉体強化:基礎身体能力補正値千パーセント】
まずは、十倍の肉体強化でノルとフロストを捕まえ、家の中にあった縄で両手を縛る。二人が暴れても防げるように【物理防御結界】を張り、【封磔光鎖】で全身を縛り動きを封じる。氷系統魔法術の【氷牢監獄】を防御結界の上から包み、最後に【消魔結界】を使って結界内での魔力の使用を無効化する。一連の作業を終えるまで、約十数秒。
拘束されたノル達は驚愕の表情で中から俺を見つめている。暴れるよりも先に信じられないという感情の方が大きいという反応だ。
「シンヤ………どうしたの。これは流石に冗談では済まない」
「ふむ。よもや魔王などと言う称号は偽装だったようじゃの。この世界中で複数ある称号の内未だ聞いたことも無い称号じゃ。指輪とやらを貰う前までは本心での行動やも分からぬが、真に得た称号は勇者かの。妾達に悟らせぬレベルでの憎悪を隠す演技、誠にご苦労じゃ」
「黙れ。俺がいつ話す許可を出した? 【雷電】」
バリバリと容赦無く高圧な電流が二人を襲う。高威力の攻撃は避けたい所だが、明らかな手加減は逆にヒューゴが警戒する危険がある。人間よりも遥かに高位の存在であり、自身や精霊も含めちょっとやそっとの攻撃では傷もつかないと言ったフロストの言葉を信じて攻撃するしかない。
「シンヤ、それ以上の攻撃は私達への敵対と見なす。殺しはしなくても、相応の覚悟を持つといい」
「いや、ノル。此奴はもう敵じゃ。慈悲など要らぬ。愛する男がこうなってしまっては殺したくないのは分かるが、勇者を放置すると自身まで滅ぼす事になろうぞ」
「【火炎】 所詮は落ちぶれた種族ごときが。気安く俺の名を呼ぶな。俺の事は水澄様と呼べ」
燃え盛る炎を放った後には、熱で炭化した床と体のあちこちを煤けさせたノルとフロストの姿があった。少しばかりやり過ぎたかと焦るものの、その煤けた姿はどこかで見ているかも知れない勇者には良い印象に見られるだろう。中々不快だろうが、現状は拭って綺麗にしてやる事も出来ない。
「もう縛られるのは限界じゃ!! 人間ごときが、妾をいつまでも封じられると思うな。この魔力が消される感覚、あの忌々しい鎖を思い出すのう。小賢しいッ、枷も付けずに妾を止められるはずも無かろうに!!」
金色の瞳がギラリと輝く。その瞳孔は縦に割れ、純粋な怒りの他に殺意に燃える獰猛さを感じさせる。目の前に対峙している俺は、フロストの本気を垣間見たような気がして畏怖の感情からか一歩後退った。地球では神話に語られ、神とも崇め奉られた竜という存在の大きさを改めて感じる。
ドゴンッと派手な音が響いた。フロストが物理防御結界を素手で殴った音だ。空気がビリビリと振動し、結界が淡い光を発して明滅する。耐久値が九割を越えた証拠だ。姿は人間のままなのに、振るわれる力は絶大。拳一つで最大級の防御を破る力を目の当たりにしては、俺も「流石に今日死ぬかも知れない」と轢きつった顔で乾いた笑みを浮かべた。
ぼうっとしている間にもフロストは二発目の拳を振るい、結界を完全に砕いた。慌てて結界を張り直すもその拳は冗談のように結界を打ち砕いていく。
【物理防御結界】ドゴンッ、バキンッ。【物理防御結界】ドゴンッ、バキンッ。【物理防御結界】ドゴンッ、バキンッ。【物理防御結界】ドゴンッ、バキンッ。【物理防御結界】ドゴンッ、バキンッ。【物理防御結界】ドゴンッ、バキンッ。【物理防御結界】ドゴンッ、バキンッ。【物理防御結界】
結界を張っては壊され、張っては壊され。暫くの間、破壊と創造の戦いが続く。
だが、魔法術を得意としほぼ念じるだけで結界を張る俺と、狭い空間で力だけの体力勝負を挑むフロストではやはり深夜の方が有利である。先に音を上げたのはフロストだった。
「ハァ、ハァ、しつこいぞ人間。つまらぬ防壁なんぞ張りおって。正々堂々戦わぬか」
「無理な相談だな。お前らに交渉の余地は無い。【雷電】【地縛】【封磔光鎖】」
「ぐぅ、ああぁぁああぁ!!」
フロストを攻撃し、その間に枷を嵌め光の鎖でダメ押しの追撃を加える。ついでにノルとフロストを囲む檻を何重にも展開し、探知や監視の目も加えた。
一仕事終え、フロストに目立った傷がないかを確認した俺は、驚愕に目を見張った。先ほどまでは体に煤が付いた程度で外傷も無く綺麗な姿だったフロストが、見る影もなく変化していたからだった。肌が所々黒く変色し、全体的に爛れたように剥けている部分がある。
(俺は何もしていないぞ!? いや、回復させないと……… だが、回復させている所を勇者に見るかるとまずい。取り繕う方法は? それとも、フロストは雷に弱いのか?)
俺が放ったのは電撃を放つ【雷電】という魔法術だけで、特殊な攻撃は何もしていない。俺は焦りを抑え、【白煙】の魔法術で室内を覆い、床に広がる魔法陣の一つを弄って回復魔法を発動させた。
視界を遮る煙が晴れ、再びフロストを確認する。
(治っていない………!! 俺は、フロストを………そんなつもりは無い!! 何故だ? 何故治らない!?)
回復魔法は完璧に成功した。大抵の傷なら癒せるはずだ。なのにフロストは治らない。後悔と絶望を感じると同時に、目前の現実に恐怖した俺は、逃げるように家を飛び出した。道に出て少し進んだ所で、突然現れた誰かにぶつかり立ち止まる。
顔を見ずとも予想がつくその人物を前に、隙を見せてはならないと身構え、俺は荒くなっていた呼吸を戻した。
「ヒューゴか」
「ハハハハ、賢明な判断だったねシンヤ君。「大切なモノ」に、あそこまで残虐になれる。だってアレはゴミで、君は勇者だからねぇ。ドラゴンは死ねども、あの精霊は可愛がってやると良いよぉ。使い潰し、壊れる時までぇ。いやぁ、良いモノを見せて貰ったぁ。じゃあ、俺はこれでぇ」
ヒューゴは誕生日プレゼントを貰った子供のように、実に楽しそうな顔をしていた。
表情を変えないギリギリまで歯を食い縛り、今すぐにも殴りかかりたいという衝動を抑える。
「玩具の躾に困ったらマリアナを訪ねて来るといい」
それだけを言い残し、ヒューゴは自然な動作で闇に溶けるように姿を消した。
誰も居なくなった場所で俺は独り取り残される。
「結局何も出来ない。勇者には、勝てない」
力無く項垂れるその姿は、花弁を全て落とした花のように空虚でひどく淋しいものだった。
いつもお付き合いありがとうございます。
「面白かった」 「更新早く」 など思って戴けましたら、是非下の評価やブックマークをお願いします!!!
今後とも、転職魔王の勇者討滅録を宜しくお願いします!!




